6月22日(日)

(1)
島の人工的な地形をモダン化された〈風水〉で生成させ、都市のゾーニングを〈プライベート/パブリック〉、〈インテリア/エクステリア〉といった二進法の機械から決定するというポロ=ムサヴィ両氏の、それ自体としては魔法のように見事というしかないプレゼンテーションから一夜、鵜沢氏による模型の残骸が、ほとんど手をつけられることなく放置されている。昨夜すでに、プロトタイプとインターネットの模型の位置が入れ替えられた。これはプロトタイプとヴィジターズの関係づけのため、およびインターネット模型に対する介入のためである。

(2)
来場者をその表面上に捕らえ、さらにプロジェクションの光を反射しつつ、海市のイメージを複数化する装置としての、プロトタイプ形の鏡の製作が進行している。取り付けは休館日である明日の予定。映像の投影は火曜日か水曜日からになる。

(3)
鵜沢氏によって再び分割されたヴィジターズ模型を、もう一度一体化する作業、いわば分断された海市の縫合が進むかたわらで、模型に古屋氏が移植したオブジェたち(スイミー、スイミー・フロッピィ、スーパーボール)が切開されて取り出される。白衣ないし手術着をまとうのは、われわれが縫合し切開するものは、都市という一つの肉体にほかならないからだ。スーパーボールやフロッピィは肉体にとっての異物、いわば腫瘍やウィルスにも似たものに意味を変容させられる。

(4)
ポロ=ムサヴィ案のプロジェクションの投影面として壁に貼られた模型(?)を剥がす作業をおこなう。剥がされた模型は床に置かれて、自然と観客を誘導し、動線を形成することになった。

(5)
会場の閉鎖性と暗さが製作作業の支障になるばかりでなく、観客に対してインタラクションを拒否するものであると感じられたため、一つしか開放されていなかった入り口のドアを三つすべて開放し、照明を全体的に明るくした。その結果、特に子ども連れの観客が入りやすい雰囲気となった。

(6)
プロトタイプの解釈(解剖、外科手術)として〈模範解答〉の点数を磯崎氏から得たポロ=ムサヴィ案は、それにふさわしく(将来の利用のために?)、ヴィジターズ模型に利用しようとするわれわれの破壊の手を逃れて会場の片隅の壁上に保存された。

(7)
摘出されたスーパーボール数個は観客の子どもたちに配られる。脅威的な他者(エイリアン)ないし夾雑物としてのスーパーボールをシグネチャーズ模型に介入させる。子どものみならず観客が何人かそれにならって同様の介入をおこなう。

(8)
スーパーボール20個をビーカーに入れてプロトタイプの木製模型上に置く。しばし、放置する。するといつの間にか、観客がシグネチャーズ模型同様の介入をおこなっている。模型上にばらばらに置かれるボールが、しかし、誰かによってまたビーカーのなかに集められている。エントロピーの増大とそれに逆らう秩序化の運動

(9)
模型が壊れたら困るからやめてほしいという磯崎アトリエの要望により、スーパーボールは回収される。スイミーが代わりに置かれている。観客のために椅子を各模型の近辺に配置する。

(10)
コンピュータの解剖をおこなう。解体されるにつれて美しい基板が露呈されていく。摘出される器官の洗浄とシリコンによる標本化が進む。解剖とは恣意的なメタファーではない。コンピュータとは現代のわれわれにとってクリーンでクリアな無機的機械であるどころか、身近な人間以上に密接に皮膚感覚的に接触してくるおぞましい〈他者〉であり、官能的な〈肉体〉だからだ。インターネットは透明なメディアではなく、それを通じたコミュニケーションとは、コンピュータという肉体を介した、宗教的合一の経験(コムニオン)であるのかもしれない。キリスト教の聖餐が神の肉体を喰うことであるように。

模型の身体から患部摘出
コンピュータの解剖
摘出した器官を選定・標本化

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