ユートピア(として)の墓、あるいは一人の使徒による福音
─ 「海市 ─ もうひとつのユートピア」展に寄せて ─

田中 純


 NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)のオープニング記念展として開催中の磯崎新プロデュース「海市 ─ もうひとつのユートピア」展は、1993年に中国・珠海市から磯崎(および早稲田大学理工学総合研究センター)が委託を受けて構想した人工島計画をとりあえずの出発点とした、都市のプランニングとメタ・プランニングをめぐる実験の試みである。〈メタ〉の有無による二重性はこの展覧会がICCの記念展であることから要請されている。そしてそれこそが、変化し続けるプロセスの上演としてあるほかない海市展を紛糾される要因となっているように思われる。

 海市とは一面において、明確に実現可能性をもった都市のプランニングである。この人工島、すなわち海上の都市は、中国経済特区の一つ珠海市の横琴島とマカオの沖、南シナ海の水深5メートルの浅瀬に建設を予定されている。香港、マカオ、珠海一帯は、広東省、福建省、海南省からなるいわゆる華南経済圏の枢要であり、珠海市、特に横琴島ではハイテク産業の生産・流通の拠点、およびリゾート基地としての開発が計画されており、別荘やホテルなどが立地する横琴島南岸のリゾート地区と2本の橋で連結される海市(400ヘクタール)には、アジア全体を対象とした文化・学術センターやコンヴェンション施設、住宅地などが建造されることになっているという。磯崎らによる計画案は1996年9月のヴェネツィア建築ビエンナーレで展示パネル、および模型によって発表され、ICCにおける展覧会でも、プロトタイプとしてそのモデルが展示されている。

 しかし、海市展とは他方において、都市計画の方法そのものを問い直すメタ・プランニングの場でもある。磯崎によれば、この試みはマスタープランに基づく近代的都市計画への疑問に発しており、ここではそのマスタープランに代わる何かが、「inter-(間・相・交)」というキーワードによる〈都市生成〉の実験として模索されている。新しいメディア・ネットワークを通じた絶え間ない情報交換によって、固定することのない不確定で偶発的な細部を抱えたまま自己組織化が進行するような、曖昧でゆらめく全体像としての都市の生成がそこで夢見られる ─ 蜃気楼のように。海市とは中国語で蜃気楼を意味しており、プランニングとメタ・プランニングの二重性はすでにその名にも刻み込まれていた。

 inter-の概念を導入するこの身ぶりは、いうまでもなくICCという展示空間への対応であるわけだが、それは海市のプランニングにとって単に外在的なものなのではない。むしろここでプランニングとメタ・プランニングの二つの次元は相互に反射しあっており、アジアの文化的な交通空間となることを期待されているこの人工島は、磯崎があげるinter-activity(相互操作性)、inter-communality(間共同体性)、inter-textuality(間テクスト性)、inter-communicativity(交互通信性)といったinter-の諸特性を都市として実現するものでもあるのだから。だが、この二つの次元の差異を維持しつつ機能させることはきわめて困難だ。メタ・プランニングへと振れるとき、その計画は海市を取り巻く政治・社会状況や地政学に対してあまりに盲目であることになろう。逆にプランニングの次元にあくまでとどまるならば、それはもう一つのマスタープランであることを免れない。海市の全体像をとらえることの困難はここにあり、この二つの次元の〈間〉=inter-こそが海市というユートピア(ありえない場所)と呼ばれるべきであるのかもしれない。

 さまざまなレベルのネットワークを計画に反映させるため、海市展ではそれぞれプロトタイプ、シグネチャーズ、ヴィジターズ、インターネットと呼ばれる、四つの異なったモデルが上演されている。プロトタイプは磯崎案を提示し、シグネチャーズは世界の著名建築家50人ほどが参加し、ピラネージのカンポ・マルツィオの建築群を各自の作品で置換するという操作がそこでおこなわれる。ヴィジターズでは12人の指名された建築家・アーティストほかの〈ゲスト〉としての〈デジタル・アーキテクト〉が、週代わりで観客と一緒に制作し、連歌にも似たプロセスが進行する。インターネットでは、世界各地からのアクセスのさまざまな結果がモデルに具体化されるはずである。

 このような構成にはインタラクションの異なる形態がモデルの差異となって表されており、シグネチャーズが建築エリートあるいはセレブリティのサロン的共同体におけるコミュニケーションであるとすれば、ヴィジターズは文字どおり、会場訪問者たちの肉体労働によって変形し続けるモデルであり、デジタル・アーキテクトはその臨時の現場監督といったところだ。一方、インターネットのモデルは、無数の他者に向けて開かれているように見えながら、この情報空間にアクセスできる者が実はきわめて限られているという事実によって、いわば情報エリートたちのための遊戯の場である。そして、プロトタイプはこのゲームを取り仕切る王の署名として、何やら聖域めいたものと化している。この展示空間には暗黙の階級格差があるといってもよい。そして、最終的にはこの四つのモデル間のインタラクションによって、蜃気楼としての都市を生成させることがもくろまれている。

 オープニングから一ヶ月を経て、インターネットはアンケートなどによる提案の形態化の問題で行き詰まり、コンピュータを通じた形態生成の実践で知られるグレッグ・リンに介入が要請された。シグネチャーズでは各建築家の作品が徐々に配置され、さほどのコンフリクトを起こすこともなく共存している。結果として、この展示空間やホームページ上に変化と生成を引き起こしているものは、実質的に唯一ヴィジターズのセクションだけであるといってよい。岡崎乾二郎にはじまり、川俣正、吉松秀樹、小林克弘、丸山洋志と続いてきた連歌は、5月25日現在、古谷誠章に引き継がれている。岡崎は4500個のワイングラスの積層(グラスタワー)を作り上げて小さな家の模型(バブル・ハウス)をそのうえに載せ、グラスに注がれた赤ワインや、地層の中央に置かれた電話などの素材で、ユートピア島を構築してみせた。岡崎によれば、電話を内蔵したグラスタワーは、情報が集積され発信されるメディアセンターであるという。現代の情報の主体は、中心をもたないインターネットのように、磯崎のいう〈群島〉状態に置かれているにもかかわらず、このようなセンターを必要としており、それは展覧会オープニングのイベントにも似て、そこに集ってワインを飲むためだ、と岡崎はいう(この赤ワインの意味はのちに明かされる)。完成した模型とは別に岡崎は、コンセプト・スケッチとして、磯崎案に含まれている水上生活者蚤民の船に対応する、互いに完結した自律的単位としての〈家玉〉や、分子状に分布してブラウン運動をおこなう家玉たちの周囲を取り囲む、可変的な二重の輪としての〈エッジシティ〉(これはプロトタイプ中の運河や堤防、あるいはそこに引用されている中国の客家に対応する)といったビルディング・タイプを示している。連歌の発句である岡崎案は全体として、磯崎によるプロトタイプをすみずみまで読み込んで対応関係に配慮し、幾重にも解釈を折り重ねつつ、メタ・プランニングのコンセプトを提示する模型と言説を丁寧に(美しすぎるほどに)作り上げていた。「非生活空間では、テクノロジーは技術的可能性に従うかぎりスケールを無視するもの」であり、「このワイングラスは構造的にメガストラクチャアのトラス1単位と等価」であると岡崎は述べている。つまり、500分の1というスケールと1分の1というスケールの差異は無視でき、この模型はグラスとして1分の1であると同時に500分の1のメガストラクチャアでもある、というのが岡崎案の前提であるわけだ。しかし、このモデルを500分の1のプランニング模型と見なすことは実際には容易ではない。

 この岡崎案に対して川俣正は、大型台風ヴィジターズ2号の襲来という見立てを通じ、グラスタワーを破壊し去った。この見立てはもとより所詮フィクションでしかなく、予想通りの展開という側面もあったが、見事になぎ倒されたグラスの形成する曲面はそんな意味づけを越え、海市をとりまく虚構と意味の充満を束の間逃れていた。第3週目の吉松秀樹は川俣の見立てを受けて、災害後の避難および救援活動を演じた。プロトタイプ、シグネチャーズ、インターネットの各島に避難民が押し寄せたという想定のもと、会場来訪者が現場で制作した仮設住宅がそれぞれの島に設置されるとともに、ヴィジターズの模型ではグラスが撤去・圧縮されるなどして、整地作業が進んだ。この間の進行状況は、ホームページ上で〈The Utopia Times〉という新聞仕立てのリポートによって日々伝えられ、そこでは死者・行方不明5万人以上といった報道に始まり、ボランティアによる仮設住宅建設、ネット上への避難による住民の全員無事の確認、あらたな台風の襲来といった展開の果てに、海市の存在そのものが疑問に付されることになる。〈海声人語〉というコラムではこう語られる。「〈避難民〉は存在しない。しかし〈避難民がどこかにいる〉ことが、私たちのお互いの接続を可能にするのであれば、〈避難民はどこにいるのか〉という疑問の答えは保留にされるべきだろう。」また、会場来訪者が自分で仮設住宅の段ボール模型を作って島のモデル上に置くという行為は、この展覧会を楽しむための「ほとんど唯一の方法」であり、「1分の1モデルとしか見ることのできないディテールのない模型の中に、懸命に500分の1の人間(約3.5ミリ)の姿を見つけようとする、全く人間的な試み」であったと自己評価される。マスメディアを通じた情報の混乱がここではシミュレートされていたわけだが、しかし、ほかならない〈新聞〉というメディア形式を用い、リアルタイムとまったく同じ、いわば1分の1の時間模型(Timesではなく、唯一のTime)に依拠して、見立てによるデマ情報をばらまくというこの手法そのものの意味はそこでは問われていない。新聞というメディアは、〈想像の共同体〉としての国民国家的統合を可能とした、時間の想像的共有の装置にほかならなかった。「そこにいるはずのない〈避難民〉」の存在によって接続される〈私たち〉とは、きわめてモダンな共同体幻想であり、来訪者たちのインタラクティヴな参加とはこの幻想への強制的な加入の儀式ではなかっただろうか。このような〈私たち〉が定立された時に何かが見失われる。〈避難民〉を仮定したときにすでに見失われた(抑圧された)他者がいる。その他者を視野に入れないための装置として〈避難民〉をめぐる物語は機能する。見失われたものとは、具体的にいえばまず第一に、海市のプランニングとしての現実的(政治・社会的)条件そのものである。この案もまたメタ・プランニングのゲームに終始していた。

 続く第4週目には小林克弘によって、会場来訪者の願い事が記された断片を包み込む形でヴィジターズ島の模型全体が一度梱包され、その上に運河や公園、色鮮やかな複合建築群が建設された。これに対して、丸山洋志はこの都市全体を転倒させ、台座の鉄柱を逆に島の上に溶接して、床面に置かれた島の内部に人が自由に入り込める状況を作り出すとともに、これらの鉄柱が高層ビルにも見えるという、スケール感の自在な変化をそこで企てた。丸山はさらにプロトタイプ・モデルの中央をくり貫いて、その下に抑圧されていたかのような雑多なモメントの噴出を造形するとともに、シグネチャーズにはカードをする二組の手の模型を設置して、そこでおこなわれるべき政治的なゲームを寓意化し、インターネットの島には波形の巨大なオブジェを接合した。丸山の自己分析によれば、これらは屹立するファルスとそれを切り裂く去勢コンプレックスの表れということになる。こうした分析の当否はさておき、徴候的なのは、丸山と古谷識章、岡崎によるサロン・トークにおいて、磯崎という〈父〉をめぐる葛藤があらわにされていたことだ。「君の父を刺し、母を犯せ」という磯崎のかつての発言を両性具有的な磯崎自身に向け直す形で、丸山の案はオイディプス的な枠組みに組み込まれて解釈される。このオイディプス的葛藤の中心に位置するものとは、マスタープランは存在しないといい、それに代わるものがinter-であるといいながら、ヴィジターズのゲストたちは実はみな、磯崎というデミウルゴスの罠にとらわれているだけではないのか、という自問だ。デミウルゴスはやはりマスター・アーキテクトではないのか。

 奇妙な暗合ながら、ヴィジターズのゲストは12人、いわば12使徒というわけである。岡崎モデルにおける赤ワインはキリストの血を表す宗教的メタファーであった、という噂もある。海市には濃厚な宗教的・神学的な雰囲気が漂っているというべきかもしれない。すでにシグネチャーズは、建築家たちの署名として残された彼らの〈墓〉の集積であった。また、岡崎案のグラスタワーというメディアセンターは〈未発掘の墓〉、〈地下墳墓〉と呼ばれ、レファレンスとしてニコラ・プッサンの「われもまたアルカディアにありき」が取り上げられて、「アルカディアとは巨大な墓地、その墓の中であり、そこでは、すべてが死であり、よって生、死も自己と他者の区分も存在しない」と語られていた。死と死者の埋葬をめぐる重苦しい気配がこの空間を支配している。もしかしたら海市展そのものが当初から何者かの埋葬の儀礼として始められていたのかもしれない。 ─ しかし、〈われわれ〉はそこで、誰を埋葬しようとしているのか。

 おそらくはデミウルゴスを。ありていに言ってそれは父殺しの物語である。12使徒のうちの誰がユダになり、父を裏切って葬ることができるかがそこで競われているのかもしれない。建築のセレブリティを召還し、使徒を集めておこなわれているこの祭儀の場で、デミウルゴスは父殺しのシミュレーションを演じさせている。自分の墓を築かせている。inter-をめぐる物語はそのための虚構にすぎないともいえるだろう。しかし、この父は葬られることを通じて復活し、おそらくははるかに抑圧的な力をふるう存在と化すのであって、裏切ることに成功するにせよ、失敗するにせよ、〈われわれ〉の敗北ははじめから明らかなのかもしれない。オイディプス的な欲望のデッド・ロック。

 この埋葬の儀式への参列を委託され、拒む可能性などまるでなかったかのように、気づけばそれを引き受けていた者の一人としては、委託のあり方そのものをめぐってヒステリー的な抵抗を試みることから始めるしかない。つまり、海市、海市展計画そのものの根拠を掘り下げつつ問い続けていくことである。海市を構成している諸前提のうち、何一つとして自明なものはない。まず第一にプランニング・レベルの問題として、それが中国経済特区のプロジェクトであることは決して無視できない。経済的特権を付与された、中国大陸という海に浮かぶ群島である経済特区は、資本主義を導入しつつ、特に第三次産業を育成し、そのために外資企業の誘致にあたって優遇措置をとり、華僑経済力を最大限に利用している。マルクス・レーニン主義ならぬ、マーケット(市場)・レーニン主義国家のこのユートピアは、しかし、中国においてはいまだにあくまで例外的に開放された都市であり、これと対をなす形で閉鎖された秘密都市としての軍事都市が、双子の分身のように存在している。トーマス・モアが描き出したユートピア人そのものが、場合によっては近隣の土地の収奪を傭兵を使っておこなうという帝国主義的資本主義のプロトタイプであり、〈囲い込まれた共有地〉としてのユートピア島がモアの時代のイギリスの〈囲い込み〉による土地の私有化が反転した形象であったように、経済特区の沖合いに浮かぶ海市は、中華人民共和国が断固として内化しようとしている外部的な島、〈麗しの島〉の異名をもつ台湾の反転像であるのかもしれない。政治的な分断によって外部化した自己の一部であるかのように存在しているこの島は、中華人民共和国という国家共同体の幻想の世界地図のなかでは、どこにもない場所=ユートピアであるに違いないのだから。

 香港、マカオの返還、さらに将来的には台湾の吸収といったシナリオとともに、チベット紛争などに見られる分離独立の動き、あるいは尖閣諸島、南沙諸島などをめぐる領土問題によって、境界(辺境)を活発に変容させている中国とは、境界の無限拡張運動としてのかつての帝国のあり方(拡張的侵略性という全体化の運動)を現代に残しているほとんど唯一の国家である。そして、一方、地球を覆い尽くそうとするインターネットとは、情報資本主義によってもたらされた希薄で見えない世界帝国、もはや中心をもたず、版図も定かでない新しい帝国にほかならず、海市というMirage Cityは、中華帝国とネット帝国という新旧二つの帝国のはざまに立ち現れることによって、未曾有の〈帝国主義〉の実験場と化しているのかもしれない。そのプランニング・サイトは決して任意の場所ではないのである。

 メタ・プランニングのレベルにおいては、すべての前提である、マスタープランに代えて「無数の他者からの介入によって自然生成する都市」という発想そのものに、いわば〈自然生成性のイデオロギー〉とでも呼ばれるべきものがあって、それは「多数のファクターを算入して(コンピュータによって)生成される形態」という、いわゆるヴァーチャルアーキテクチャー一般に流通している観念にも通じている。しかし、果たしてそのような形態が、本当に歴史的時間の濃縮を実現しえているかどうかはきわめて疑わしい。そこに見られる一種のウルトラ民主主義、都市計画の直接民主制のもつ意味は、文字どおり政治的に問われなければならない。ヴィジターズとは実は、マスター(大文字の権力)であることを誰にも許さず、権力の場を空虚なまま保つ擁護者として振る舞うことによって、互いに相手の首を際限もなく切り落とし合うウルトラ民主主義者たち、つまりジャコバン派の恐怖政治のシミュラクルなのではないだろうか。海市で問われているのは、いわば民主主義のリミットにほかならないのである。

 そしてさらに、この擬似的自然生成の過程をフリーズさせ、一定の形態にとどめる最終的な決定因とは何か、すなわち、誰が、何が、いつ、生成過程を停止させるのかについて、あるいは、この問いに応答する〈責任〉はどこに位置づけられるのかについて、その答えが要求される。こうした問いかけは都市を特定の主体の創造物と見なすことではない。むしろ、ここで展開されている民主主義が、無数の他者の介在によって生成し、際限のない変容へと開かれて安定しないプロセスであるからこそ、それに対してまったく無根拠に「止まれ」という命令、「私はこれを望む」という命令を下す誰かが必要とされるのではないのか、という疑問なのである。固有名をもった建築家が召還されるのはおそらく、この空虚な権力の座を埋める存在としてなのだ。

 海市計画を構成する言説が無根拠でしかなく、計画の手がかりとなる何ものも存在せず、だからこそ、海市が蜃気楼にほかならないことを、デミウルゴスもわれわれもあらかじめ知っている。しかし、〈近代〉とは実はいつだってそんな無根拠性のうえにこそ企図されてきたのである。海市という〈もうひとつのユートピア〉の背後には、つねにすでに失われたそんな近代のユートピアが幽霊のように寄り添っている。海市が墓であるとしたら、それは何よりもまず、歴史におけるトラウマ、夢、破局の痕跡としてのこのユートピアの墓標でなければならない。この近代という死者は、それがトラウマ的な出来事であった限りで、決して完全に葬り去られ、鎮魂されることはなく、幽霊としてさまようことをやめることもまた、ありえないのだとしても。

海市、海市展をめぐる記述と文中の引用は、海市展パンフレット、および海市展ホームページ(http://www.ntticc.or.jp/special/utopia/index_j.html)に依拠した。

なお、文中、敬称は略させていただいた。

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