田中純著  彰国社 2000年9月28日刊行(2500円/342ページ/四六判)

『ミース・ファン・デル・ローエの戦場』


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カバー写真:バルセロナ・パヴィリオン

この書物は『精神について』と題することもできただろう。「精神(Geist)」とは、しかし同時に、「幽霊」、「亡霊」を意味する。本書は建築家ミース・ファン・デル・ローエにとり憑いた近代という時代の亡霊をめぐって展開されている。近代建築史の多くが超越的な「時代精神」を暗黙の前提にして記述されてきたとするならば、ここではそれを歴史的なコンテクストのなかへと引きずり降ろし、精神/亡霊の出現と回帰がもたらされる構造そのものをミースの建築に探った。(「跋」より)

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建築とは精神の真の戦場である(ミース・ファン・デル・ローエ)

目次

ミースと時代

分析の方法論  

第1章 時代意志とその亡霊 

描写の芸術

オリジナルとしての模型

構造という思想

虚のファルス

建築家の誕生

即物性の論理

構造としての素材

第2章 腐敗と決断 

ユーゲントシュティルの原風景

反動的モダニズム

決断主義

男性同盟

表現する身体

肉の拒絶

バルセロナの《朝》

残余としての女性=身体

第3章 バルセロナ・パヴィリオン 

ミース(へ)の嘔吐 

対称性

超越論的古典主義

/光/

入れ子(mise en abime)あるいは深淵上のミース(mies en abime)

世界の縁で

第4章 零度の建築 

政体の表象

社会民主主義的都市計画とその限界

ヴァイセンホーフにおける闘争

〈肉〉の裂開

大都市建築

テラン・ヴァーグのアナクロニズム

第5章 闘技場の法/法の闘技場 

住文化のイデオロギー

トゥーゲントハット邸

剥落する風景

コートハウスという定理

建築のアゴーン

ミースのプラトニズム

逆説としての伝統

アメリカ人の侵略

第6章 民主主義の場所 

柱の変容

コーリン・ロウ「新『古典』主義と近代建築」

アメリカ的民主主義

シカゴにおける地政学

アメリカ人ミース

第7章 グリッドのなかの不満 

建築の真理

〈語りえぬもの〉と〈不可視なもの〉

神は細部に宿るか

マンハッタンとの対決

均質空間という幻想

グリッドの無意識

第8章 打ち砕かれた時代の記念碑 

ハバナからベルリンへ

見かけとしての見かけ

底なしの歴史

ミースの時代

跋 

書誌

索引


この『ミース・ファン・デル・ローエの戦場』は建築史の書物にとどまるものではない、と明確に述べておくべきだろう。むしろたとえばジャック・デリダのハイデガー論『精神について』の隣に並べられたほうが、まだしも場を得たと言えるかもしれない。『精神について』でデリダは、ハイデガーにおいて好きなところとして、彼のテクストを読むときに感じる二つの揺らめきについて語っている。ハイデガーのテクストは恐ろしく危険で、同時にばかに可笑しい。間違いなく重大なのだが、少しばかりコミカルだ。本書をデリダによるハイデガー論の隣に置きたいと思うのは、ハイデガーのこのコミックがミースにも通じるものだからである。ミースの建築は疑いようもなく重大で危険でさえある。しかし、同時にそれはわずかばかりコミカルだ。そんなコミカルさには、パリの名所をガラス扉に反射させて画面に登場させたり、あるいはインテリアが路上から丸見えのガラスの家を舞台にした、ジャック・タチの映画『プレイタイム』を連想させるところがある。このタイトルを「プレイ・タイム」、すなわち「時間を戯れる」と読めば、いかにもミースにふさわしい。(「跋」より)

なかば
足を踏み入れられた丸太の
道が高層湿原のなかに、

湿ったもの、
多く。

パウル・ツェラン「トートナウベルク」


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