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Essays in English, Italian, German
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おもな著書
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1.学術業績(〜2007.12)→最新版はReaD 研究者情報参照
I.著書(単著)
1. 『残像のなかの建築——モダニズムの〈終わり〉に』、未來社、1995年、総頁数241頁。
2. 『都市表象分析I』、INAX出版、2000年、総頁数424頁。
3. 『ミース・ファン・デル・ローエの戦場——その時代と建築をめぐって』、彰国社、2000年、総頁数340頁。
4. 『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』、青土社、2001年、総頁数397頁。
5. 『死者たちの都市へ』、青土社、2004年、総頁数304頁。
6. 『都市の詩学——場所の記憶と徴候』、東京大学出版会、2007年、総頁数473頁。
II. 研究報告書
1. 平成8年度〜平成10年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))『世紀転換期ウィーンにおける装飾とセクシュアリティ——性とその表象に関する思想史的研究』(研究代表者:田中純)、2000年、総頁数58頁。
2. 平成12年度〜平成14年度科学研究費補助金報告書(基盤研究(C)(2))『イメージとその記憶の分析に関する方法論の思想史的研究』(研究代表者:田中純)、2003年、総頁数69頁。
3. 平成15年度〜平成17年度科学研究費補助金(基盤研究(C) (2))研究成果報告書『イメージ分析における形態学的方法の思想史的研究——1920〜30年代における文化科学の方法論とその背景』(研究代表者:田中純)、2006年、総頁数112頁。
III.学位論文
1. 「クルト・シュヴィッタースの芸術理念〈メルツ〉について——1920年代における芸術の諸問題 」、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻、修士学位論文、学術修士、1991年3月取得。
2. 「ミース・ファン・デル・ローエの戦場——その時代と建築をめぐって」、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻、論文博士学位論文、博士(学術)、2001年7月取得。
IV.学術論文(書籍)
1. 「〈反建築〉としての〈バウエン〉——ドイツ・モダニズム建築の根源」、モダニズム研究会編『モダニズム研究』、思潮社、1994年、236〜253頁。
2. 田中純編『磯崎新の革命遊戯』、TOTO出版、1996年所収、「歴史という廃墟——危機の計画=企図」62〜74頁、磯崎新との対談「建築・日本・歴史」12〜40頁、磯崎新蔵書リスト作成・編集298〜319頁。
3. 「建築の(不)可能性から潜在的建築へ」、坂村健・鈴木博之編『バーチャルアーキテクチャー——建築における「可能と不可能の差」』、東京大学総合研究博物館、1997年、14〜20頁。
4. 磯崎新・浅田彰編『海市——もうひとつのユートピア』、NTT出版、1998年所収、「もうひとつの帝国主義」277〜278頁、「自然生成性というイデオロギー、民主主義のリミット」283〜284頁、「島という幻想:胎児としての海市」296〜298頁、「リアライゼーション」303〜307頁、「国生み神話の陰に」320〜322頁。
5. 「裏返された〈ガラスの家〉、あるいは合理主義という倒錯」、鵜沢隆編『ジュゼッペ・テラーニ——時代を駆けぬけた建築』、INAX出版、1998年、140〜153頁。
6. 20世紀建築研究編集委員会編『20世紀建築研究』、INAX出版、1998年所収、「E=mc2の建築——エーリッヒ・メンデルゾーン《アインシュタイン塔》」144〜145頁、「ユートピアの記憶——ジュゼッペ・テラーニ《ダンテウム》」180〜181頁、「記憶のアナモルフォーズ——ダニエル・リベスキンド《ユダヤ博物館》」182〜183頁、「全面建築のヴィジョン——ブルーノ・タウト『アルプス建築』」326〜327頁、「虚のファルス——ミース・ファン・デル・ローエ『ガラスのスカイスクレイパー』」328〜329頁、「マンハッタンの子宮——ヒュー・フェリス『明日のメトロポリス』」330〜331頁、「無根拠な奇想——アルド・ロッシ『類推的都市』」334〜335頁。
7. 「ギリシア幻想の身体——ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンと古代の模倣」、小林康夫・松浦寿輝編『表象——構造と出来事』、東京大学出版会、2000年、151〜175頁。
8. 「ファシズムの表象——ジョゼッペ・テラーニの建築をめぐって」、モダニズム研究会編『モダニズムの越境II 権力/記憶』、人文書院、2002年、205〜224頁。
9. 「建築と文字——アレゴリー的試論」、磯崎新・岡崎乾二郎監修『漢字と建築』、INAX出版、2003年、200〜217頁。
10. 「歴史の現像--ベンヤミンにおける写真のメタモルフォーゼ」、近藤耕人・管啓次郎編『写真との対話 HOW
TO TALK TO PHOTOGRAPHY』、国書刊行会、2005年、63〜75頁。
11. 「レヴィヤタン解剖——イメージ・表象・身体」、臼井隆一郎編『カール・シュミットと現代』、沖積舎、2005年、37〜74頁。
12. 「喜ばしき機械--「メルツ」と資本主義の欲望」、マルク・ダシーほか『村山知義とクルト・シュヴィッタース』、水声社、2005年、63〜79頁。
13. 「歪んだ創世記」、ブルーノ・シュルツ『シュルツ全小説』、工藤幸雄訳、平凡社ライブラリー、2005年、483〜488頁。
14. 「解説 美術史を開く」、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『残存するイメージ--アビ・ヴァールブルクによる美術史と幽霊たちの時間』、竹内孝宏・水野千依訳、人文書院、2005年、653〜675頁。
15. 「序 「いくつか」の詩学」、中谷礼仁『セヴェラルネス--事物連鎖と人間』、鹿島出版会、2005年、22〜24頁。
16. 「鬼神たちの回帰」、ピエール・クロソフスキー『古代ローマの女たち--ある種の行動の祭祀的にして神話的な起源』、千葉文夫訳、平凡社ライブラリー、2006年、155〜164頁。
17. 「解説 歴史の症候--希望としてのイメージ」、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージ、それでもなお』、橋本一径訳、平凡社、2006年、319〜332頁。
18. 「建築」、柏木博監修『近代デザイン史』、武蔵野美術大学出版局、2006年、178〜197頁。
V.学術論文(雑誌)
1. 「クルト・シュヴィッタースの芸術理念〈メルツ〉をめぐって——初期の活動を中心として」、『地域文化研究』3号、東京大学地域文化研究会、1991年、1〜34頁。
2. 「建築という祝祭——〈幻想建築家〉ブルーノ・タウト」、『ルプレザンタシオン』3号、筑摩書房、1992年、149〜154頁。
3. 「着衣の作法——アドルフ・ロースのダンディズム」、『現代思想』第20巻8号、青土社、1992年、230〜239頁。
4. 「生成変化する迷宮——クルト・シュヴィッタースのメルツ建築」、『地域文化研究』4号、東京大学地域文化研究会、1992年、95〜136頁。
5. 「ウィトゲンシュタインの扉かつ/またはデュシャンの蝶番」、『未来』312号、未來社、1992年、2〜7頁。
6. 「終わりの時代の建築家——ダニエル・リベスキンドの署名」、『批評空間』I期10号、福武書店、1993年、160〜174頁。
7. 「虚のファルス——建築家ミース・ファン・デル・ローエの誕生」、『批評空間』II期1号、太田出版、1994年、190〜209頁。
8. 「血のデュナーミク——仮想のアインシュタイン塔」、『ドイツ文学』93号、日本独文学会、1994年、68〜79頁。
9. 「シュプレマティズムと建築——新しい大地そしてルート−1の建築」、『建築文化』第49巻578号、彰国社、1994年、20〜27頁。
10. 「美術史の曖昧な対象——衰退期について」、『批評空間』臨時増刊号「モダニズムのハード・コア——現代美術批評の地平」、太田出版、1995年、276〜291頁。
11. 「迷宮のコレオグラファー——ニーチェの建築」、『建築文化』第50巻584号、彰国社、1995年、268〜281頁。
12. 「利休の〈暗い部屋〉——草庵茶室の空間」、『未来』348号、未來社、1995年、2〜7頁。
13. 「未来の化石——J・G・バラードと都市のアクシデント」、『10+1』5号、INAX出版、1996年、16〜27頁。
14. 「性差の建築——ダンディ、モード、モダン」、『imago』第7巻6号、青土社、1996年、100〜115頁。
15. 「夢のトポロジー——パサージュの襞」、『建築文化』第51巻595号、彰国社、1996年、100〜105頁。
16. 「自殺するロックンロール——デヴィッド・ボウイ試論」、『超域文化科学紀要』創刊号、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻、1996年、85〜114頁。
17. 「〈光の皮膚〉の肌理——都市写真という寓意」、『10+1』6号、INAX出版、1996年、16〜27頁。
18. 「〈路上〉の系譜——バラックあるいは都市の〈忘我状態〉」、『10+1』7号、INAX出版、1996年、16〜27頁。
19. 「近代というナルシス——ル・コルビュジエの遡行的問い」、『建築文化』第51巻第600号、彰国社、1996年、68〜73頁。
20. 「〈無人〉の風景——建築が見る〈不眠の夢〉」、『10+1』7号、INAX出版、1996年、46〜69頁。
21. 「〈?−建築〉になること——建築の消尽」、『建築文化』第51巻602号、彰国社、1996年、98〜105頁。
22. 「コンピュータの屍肉——サイバースペースの生ける死者たち」、『10+1』8号、INAX出版、1997年、16〜27頁。
23. 「不可能な古代——アビ・ヴァールブルクにおけるイメージの病理学」、『批評空間』II期13号、太田出版、1997年、90〜109頁。
24. 「逆説都市——室内の幻像からノワールの宇宙へ」、『10+1』9号、INAX出版、1997年、14〜25頁。
25. 「ユートピア(として)の墓,あるいは一人の使徒による福音——「海市——もうひとつのユートピア」展に寄せて」、『新建築』第72巻7号、新建築社、1997年、182〜186頁。
26. 「ポスト郵便都市——手紙の来歴、手紙の行方」、『10+1』10号、INAX出版、1997年、18〜29頁。
27. 「われわれの〈時代〉とミース——ミース・ファン・デル・ローエの戦場1」、『建築文化』第52巻610号、彰国社、1997年、149〜156頁。
28. 「デミウルゴスの真理——ミース・ファン・デル・ローエの戦場2」、『建築文化』第52巻611号、彰国社、1997年、125〜132頁。
29. 「時代意志とその亡霊——ミース・ファン・デル・ローエの戦場3」、『建築文化』第52巻612号、彰国社、1997年、129〜136頁。
30. 「腐敗と決断——ミース・ファン・デル・ローエの戦場4」、『建築文化』第52巻613号、彰国社、1997年、145〜152頁。
31. 「メモリー・クラッシュ——都市における死の欲動」、『10+1』第11号、INAX出版、1997年、16〜27頁。
32. 「残余としての女性=身体——ミース・ファン・デル・ローエの戦場5」、『建築文化』第52巻614号、彰国社、1997年、125〜132頁。
33. 「受苦的身体の自伝——アビ・ヴァールブルクの『蛇儀礼』講演をめぐって」、『未来』375号、未來社、1997年、2〜9頁。
34. 「古典主義者ミース——ミース・ファン・デル・ローエの戦場6」、『建築文化』第53巻615号、彰国社、1998年、191〜198頁。
35. 「零度の建築——ミース・ファン・デル・ローエの戦場7」、『建築文化』第53巻616号、彰国社、1998年、152〜160頁。
36. 「暗号的民主主義——ジェファソンの遺産」、『10+1』12号、INAX出版、1998年、18〜29頁。
37. 「腐敗する湿原都市——〈昭和〉の死と東京」、『10+1』12号、INAX出版、1998年、133〜143頁。
38. 「剥落する風景——ミース・ファン・デル・ローエの戦場8」、『建築文化』第53巻617号、彰国社、1998年、125〜134頁。
39. 「闘技場の法/法の闘技場——ミース・ファン・デル・ローエの戦場9」、『建築文化』第53巻618号、彰国社、1998年、137〜145頁。
40. 「民主主義の場所——ミース・ファン・デル・ローエの戦場10」、『建築文化』第53巻619号、彰国社、1998年、141〜148頁。
41. 「古代との闘争——テラーニのダンテウム計画」、『建築文化』第53巻619号、彰国社、1998年、84〜91頁。
42. 「奇妙な天使たち——〈言葉なきもの〉の都市」、『10+1』13号、INAX出版、1998年、12〜24頁。
43. 「建築の哀悼劇——ヴァーチュアル・ハウスをめぐって」、『10+1』13号、INAX出版、1998年、94〜104頁。
44. 「グリッドとその残滓——ミース・ファン・デル・ローエの戦場11」、『建築文化』第53巻620号、彰国社、1998年、133〜141頁。
45. 「打ち砕かれた時代の記念碑——ミース・ファン・デル・ローエの戦場12」、『建築文化』第53巻621号、彰国社、1998年、125〜132頁。
46. 「エクリチュールの夢魔——漢字という(ス)クリプト」、『10+1』14号、INAX出版、1998年、9〜21頁。
47. 「小国民の建築——アルヴァー・アールトの《小さな人間》」、『建築文化』第53巻624号、彰国社、1998年、73〜77頁。
48. 「ベルリンにおける記憶の政治——ユダヤ人慰霊碑計画をめぐって」、「ドイツ文学」101号、日本独文学会、1998年、87〜97頁。
49. 「《言葉》と《建築》——性差という分割」、『10+1』15号、INAX出版、1998年、15〜26頁。
50. 「都市の子午線——1998年10月21日」、『10+1』15号、INAX出版、1998年、92〜103頁。
51. 「寓意への愛——都市表象分析の方法」、『10+1』16号、INAX出版、1999年、10〜19頁。
52. 「オットー・ヴァ−グナー——装飾(フェティッシュ)と価値真空」、『建築文化』第54巻631号、彰国社、1999年、44〜47頁。
53. 「ルドルフ・シュタイナー——神殿の世俗化」、『建築文化』第54巻631号、彰国社、1999年、48〜51頁。
54. 「チャールズ・レニー・マッキントッシュ——マッキントッシュ神話とデザインの地政学」、『建築文化』第54巻631号、彰国社、1999年、56〜57頁。
55. 「フレデリック・キースラー——棺としての無限住居(エンドレス・ハウス)」、『建築文化』第54巻631号、彰国社、1999年、114〜115頁。
56. 「堀口捨己——「どうしようもないもの」の形容矛盾」、『建築文化』第55巻639号、彰国社、2000年、132〜135頁。
57. 「演劇と都市計画——生−政治学の時代のアンティゴネー」、『10+1』19号、INAX出版、2000年、2〜11頁。
58. 「警察=都市の腐敗——亡霊的暴力批判論」、『10+1』20号、INAX出版、2000年、2〜9頁。
59. 「セイレンの誘惑——ナポリ、カプリ、ポジターノ」、『10+1』21号、INAX出版、2000年、2〜11頁。
60. 「ボナパルティズムの署名——都市クーデターの技術」、『10+1』22号、INAX出版、2000年、2〜13頁。
61. 「地図のメランコリー——地図制作の喪」、『10+1』23号、INAX出版、2001年、2〜9頁。
62. 「箱をめぐる戦略——都市のレディ・メイド」、『10+1』24号、INAX出版、2001年、2〜11頁。
63. 「双子の死——パルチザン戦争の空間」、『10+1』25号、INAX出版、2001年、2〜11頁。
64. 「砂漠のなかの砂漠——マンハッタン/カンダハル 殺される大官たちの都市」、『10+1』26号、INAX出版、2002年、2〜9頁。
65. 「破壊の天使——アドルフ・ロースのアレゴリー的論理学」、『建築文化』第57巻657号、彰国社、2002年、98〜101頁。
66. 「ミースの年——その建築の面影」、『建築文化』第57巻658号、彰国社、2002年、74〜80頁。
67. 「幼形成熟の哀しみ——ビョークの人形愛」、『ユリイカ』34巻1号、2002年、158〜163頁。
68. 「死者たちの都市へ——敷居の技法」、『10+1』27号、INAX出版、2002年、2〜10頁。
69. 「『映画史』、その死後の生に」、『ユリイカ』34巻7号、2002年、232〜237頁。
70. 「類推的都市のおもかげ——ノスタルジックな形態学」、『10+1』28号、INAX出版、2002年、2〜10頁。
71. 「未生の者たちの記憶——ダニエル・リベスキンドと伝統」、『批評空間』III-4、批評空間、2002年、105〜119頁。
72. 「アウシュヴィッツからの頓呼法——悪夢への目覚めをめぐって」、『10+1』29号、INAX出版、、2002年、2〜12頁。
73. 「小人の囁き——ベルリン1902-2002」、『ユリイカ』34巻15号、2002年、153〜159頁。
74. 「時を建てる——WTC、ザクセンハウゼン、伊勢神宮」、『10+1』30号、INAX出版、2003年、2〜12頁。
75. 「イメージの/による葬儀——コロッソスとしての記念碑」、『10+1』31号、INAX出版、2003年、2〜11頁。
76. 「帝国と都市——方法の問題」、『10+1』32号、INAX出版、2003年、2〜11頁。
77. 「アメリカの二つの顔——暴力と恥辱の景観」、『10+1』33号、INAX出版、2003年、2〜12頁。
78. 「イメージ空間の(dis)orientation:アビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネ」」、「d/SIGN(デザイン)」5号、太田出版、2003年、116〜121頁。
79. 「レヴィヤタン解剖--イメージ・表象・身体」、「現代思想」31巻15号、青土社、2003年、92-112頁。
80. 「まなざしとしての色彩--アルノルト・シェーンベルクのドローイング」、『穹+(きゅうぷらす)』8号、ヤマギワ株式会社(発売:六耀社)、2003年、48〜53頁。
81. 「「細部の野蛮な自律性」」、『d/SIGN(デザイン)』6号、太田出版、2004年、32〜37頁。
82. 「始祖鳥のメタモルフォーゼ--『天使のたまご』の博物誌」、『ユリイカ』第36巻第4号、青土社、2004年、153〜161頁。
83. 「我ら、土星の子供たち--メランコリーの形式」、『ユリイカ』第36巻第5号、青土社、2004年、95〜102頁。
84. 「都市の伝記--自伝という死の訓練」、『10+1』34号、INAX出版、2004年、2〜11頁。
85. 「心の考古学へ向けて--都市的無意識のトポロジー」、『10+1』35号、INAX出版、2004年、2〜11頁。
86. 「ムシとコドモ--楳図かずおの進化論」、『ユリイカ』第36巻第7号、青土社、2004年、67〜74頁。
87. 「「メタ世界」としての都市--記憶の狩人アルド・ロッシ」、『10+1』36号、INAX出版、2004年、2〜12頁。
88. 「「ファシズムの美学」再考——美の廃墟・死のエステティクス1」、『インターコミュニケーション』50号、NTT出版、2004年、162〜170頁。
89. 「カール・シュミット『大地のノモス』解説」、『現代思想』第32巻第11号、青土社、2004年、162〜165頁。
90. 「子午線のデザイン--カール・シュミット『大地のノモス』を手がかりとして」、『d/SIGN』No.9、太田出版、2004年、85〜89頁。
91. 「キッチュな黙示録——美の廃墟・死のエステティクス2」、『インターコミュニケーション』51号、NTT出版、2004年、208〜216頁。
92. 「人形文字/文字という人形--「ゴットハルト鉄道」を中心に」、『ユリイカ』第36巻第14号、青土社、2004年、162〜169頁。
93. 「土地の名--青天白日覓亡都」、『10+1』37号、INAX出版、2004年、2〜12頁。
94. 「身体甲冑としてのイメージ——美の廃墟・死のエステティクス3」、『インターコミュニケーション』52号、NTT出版、2005年、153〜162頁。
95. 「自然の無関心--畠山直哉の鉱物的都市写真」、『10+1』38号、INAX出版、2005年、2〜12頁。
96. 「権力の三つの身体——美の廃墟・死のエステティクス4」、『インターコミュニケーション』53号、NTT出版、2005年、134〜142頁。
97. 「チマタのエロティシズム--映画による夕占(ゆうけ)」、『10+1』39号、INAX出版、2005年、2〜11頁。
98. 「神経系イメージ学へ」、『現代思想』第33巻第8号、青土社、2005年、90〜98頁。
99. 「バウハウス--ある教育機関の運命」、『演劇人』第20号、舞台芸術財団演劇人会議、2005年、58〜67頁。
100. 「ヒトの「おもかげ」--ヘッケル『人類の発生』と《泰治君の夢》」、『UP』395号、東京大学出版会、2005年、57〜61頁。
101. 「アハスウェルスの顔--都市の生命記憶へ」、『10+1』40号、INAX出版、2005年、2〜12頁。
102. 「装飾という群衆--神経系都市論の系譜」、『10+1』40号、INAX出版、2005年、70〜79頁。
103. 「「時のかたち」の形態学--進化生物学と美術史の対話に向けて」、『d/SIGN』No.11、太田出版、2005年、84〜87頁。
104. 「イメージの歴史分析、あるいは歴史のイメージ分析--アビ・ヴァールブルク「ムネモシュネ」におけるイメージの形態学」、「美術史論壇」第20号、韓國美術研究所、2005年、509〜539頁(本文ハングル訳、英語および日本語のアブストラクト)。
105. 「「英霊」の政治神学——美の廃墟・死のエステティクス5」、『インターコミュニケーション』55号、NTT出版、2005年、136〜143頁。
106. 「転生するニンフたち--ヴィヴィアン・ガールズの情念定型」、『UP』398号、東京大学出版会、2005年、35〜39頁。
107. 「都市のアニミズム--小さなカミたちの人類学へ向けて」、『10+1』41号、INAX出版、2005年、2〜8頁。
108. 「男性結社のエロス——美の廃墟・死のエステティクス6」、『インターコミュニケーション』56号、NTT出版、2006年、126〜135頁。
109. 「表象の墓碑銘--ゴンブリッチ「棒馬考」考」、『UP』401号、東京大学出版会、2006年、28〜33頁。
110. 「犬の街--境界の都市人類学のために」、『10+1』42号、INAX出版、2006年、2〜12頁。
111. 「狼たちの時——美の廃墟・死のエステティクス7」、『インターコミュニケーション』57号、NTT出版、2006年、134〜143頁。
112. 「歪んだガラス--修整写真の欲望」、『UP』404号、東京大学出版会、2006年、55〜59頁。
113. 「男たちの秘密(1)」、『SITE ZERO/ZERO SITE』0号、メディア・デザイン研究所、2006年、376〜403頁。
114. 「弥勒とメランコリー」、『UP』407号、東京大学出版会、2006年、63〜67頁。
115. 「狩人たちの物語--都市博物誌の座に向けて」、『10+1』43号、INAX出版、2006年、2〜13頁。
116. 「無縁の根源--河原という魂の市庭」、『10+1』44号、INAX出版、2006年、2〜12頁。
117. 「戦士の到来——美の廃墟・死のエステティクス8」、『インターコミュニケーション』59号、NTT出版、2006年、144〜152頁。
118. 「写真の解剖学」、『UP』410号、東京大学出版会、2006年、40〜45頁。
119. 「博物誌という遊戯--驚異の部屋としての都市」、『10+1』45号、INAX出版、2006年、2〜12頁。
120. 「その馬を見よ--進化の肌理をめぐって」、『UP』413号、東京大学出版会、2007年、57〜61頁。
121. 「方法の生態学--ダーウィン、ベンヤミン、宮本常一」、『10+1』46号、INAX出版、2007年、2〜12頁。
122. 「天使の博物学」、『UP』416号、東京大学出版会、2007年、42〜47頁。
123. 「都市の詩学--萩原朔太郎のステレオ写真」、『10+1』47号、INAX出版、2007年、2〜14頁。
124. 「忘却の詩学、類推の書法--アルド・ロッシの自伝的ドローイングをめぐって」、『思想』No.1001、岩波書店、2007年、154〜177頁。
125. 「時のアウラ--ロッシとタルコフスキーのポラロイド写真」、『UP』419号、東京大学出版会、2007年、58〜63頁。
126. 「波打ち際の知--『都市の詩学』への追記」、『10+1』48号、INAX出版、2007年、2〜10頁。
127. 「塔と貝殻——アルド・ロッシの詩学」、『UP』422号、東京大学出版会、2007年、58〜63頁。
V.対談・座談会
1. 田中純+上野俊哉+港千尋「ベンヤミンの現在/理論とアクチュアリティ」、『建築文化』第51巻595号、彰国社、1996年、84〜95頁。
2. 田中純+岡崎乾二郎+鈴木了二+松浦寿夫、座談会「ミースと『不可視なもの』をめぐって」、『建築文化』第53巻616号、彰国社、1998年、49〜69頁。
3. 田中純+岡崎乾二郎+鈴木了二+後藤武、座談会「ロースはこれからますます凄みを増してくる」、『建築文化』第57巻657号、彰国社、2002年、26〜37頁。
4. インタビュー「マッシモ・カッチャーリに聞く アナロジーの論理学」、八十田博人訳、『批評空間』III-4号、批評空間、2002年、59〜71頁。
5. 田中純+多木浩二「歴史と建築の臨界をめぐって」、『ユリイカ』第35巻第4号、青土社、2003年、102-121頁。
VI.翻訳
1. アルバート・アインシュタイン『アインシュタイン・ドキュメント--私は神のパズルを解きたい』、金子務監修、哲学書房、1992年、総頁数181頁のうち10〜162頁。
2. ブルーノ・タウト「大地はよい住まい」、『ルプレザンタシオン』3号、筑摩書房、1992年、 144〜148頁。
3. 『Anyway』、磯崎新・浅田彰編、NTT出版、1995年2月、論文:ダニエル・リベスキンド「ある一日の外傷の批評、あるいはシーシュポス再見」総頁数287頁のうち159〜170頁。「ディスカッション1〜5」60〜65、98〜103、144〜148、172〜182、224〜225頁。
4. デヴィッド・ボウイ「s(Now)——デヴィッド・ボウイがダミアン・ハーストに会い、生と死、そしてあらゆることについて思いに耽る」、『InterCommunication』19号、NTT出版、1997年、54〜58頁。
5. アンドレアス・ヒュイッセン「ベルリンの空虚」、『批評空間』II-25号、太田出版、2000年、116〜131頁。
6. ダニエル・シュミット「偉大な女優・杉村春子を偲んで」、田中純訳、蓮實重彦・山根貞男編『成瀬巳喜男の世界へ』、筑摩書房、2005年、244〜246頁。
VII.書評
1. 平井正『ダダ/ナチ』、『ドイツ研究』18号、日本ドイツ学会、1994年、96〜98頁。
2. 「争異の現場--『Anywhere』書評」、『InterCommunication』第10号、NTT出版、1994年、193頁。
3. 三島憲一ほか編『ニーチェ事典』、『ドイツ研究』21号、日本ドイツ学会、1995年、128〜130頁。
4. 「胎児の夢としてのマンハッタニズム--レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』書評」、『建築文化』第51巻591号、彰国社、1996年、190頁。
5. 「墓標の群島——磯崎新『栖十二』書評」、『建築文化』第55巻641号、彰国社、2000年、193頁。
6. 「伝記の技法」、『建築文化』第55巻646号、彰国社、2000年、157頁。
7. 「空間の理論/理論の空間」、『建築文化』第55巻650号、彰国社、2000年、139頁。
8. カルロ・ギンズブルグ『ピノッキオの眼』、『週刊読書人』2416号、2001年、4頁。
9. マーティン・ジェイ『暴力の屈折』書評、『週刊読書人』2564号、2004年、3頁。
10. 「汚れた起源--『ピラネージ建築論 対話』書評」、『未来』462号、未來社、2005年、22〜25頁。
11. 中沢新一『アースダイバー』書評、『文學界』第59巻第10号、文藝春秋、2005年、252〜254頁。
12. 「近代性への漸近線、その行方——ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り』書評」、『未来』472号、未來社、2005年、33〜37頁。
13. 「アルスの政治学へ向けて——岡田温司『芸術と生政治——現代思想の問題圏』書評」、『表象』1号、表象文化論学会、2007年、176〜182頁。
VIII. エッセイ
1. 「ドイツからの手紙1992/93」、『ドイツ研究』17号、日本ドイツ学会、1993年、80〜98頁。
2. 「建築家=翻訳者の使命--ダニエル・リベスキンド講演会」、『建築文化』第49巻571号、彰国社、1994年、18頁。
3. 「デカダンスという伝統」、『未来』341号、未來社、1995年、1頁。
4. 「災厄のシミュレーション」、『未来』342号、未來社、1995年、1頁。
5. 「自殺するロックンロール」、『未来』343号、未來社、1995年、1頁。
6. 「都市表象分析の方法--アナロジー思考の復権」、『UP』379号、東京大学出版会、2004年、34〜38頁。
7. 「日常の周縁に揺曳するもの--写真集『見慣れた街の中で』をめぐって」、『未来』457号、未來社、2004年、4〜8頁。
8. 「建築におけるモデルニテを追って--『残像のなかの建築』一二年後の後記」、『未来』489号、未來社、2007年、1〜4頁。
2.1991〜2000年3月における学術業績の一部詳細情報
著書・学術論文等の名称 |
単著・共著の別 | 発行又は 発表の年月 |
発行所、発表雑誌等又発表学会等の名称 | 概 要 |
| 著書 | ||||
| 1. モダニズム研究 |
共著 | 1994年3月 | 思潮社 | モダニズム研究会による3年間の共同研究に基づく、モダニズム芸術を地域・分野的に広範かつ多角的、総合的に分析した論文集。寄稿した論文では、ドイツ近代建築の起源に位置する〈バウエン〉という理念を、社会的背景や映画などの新しいメディアとの関連で考察し、映画的知覚がモダニズム建築が生まれる大きな刺激となっていたことを明らかにした。 [担当] 論文「〈反建築〉としての〈バウエン〉 ─ ドイツ・モダニズム建築の根源」総頁数633頁+索引29頁のうち236〜253頁、および索引を大石紀一郎と共編 [共著] 濱田明、大石紀一郎、田中純他24名 |
| 2. 残像のなかの建築 ─ モダニズムの〈終わり〉に |
単著 | 1995年7月 | 未來社 | 19世紀末から現代に至るモダニズム建築の諸相を、アドルフ・ロース、ブルーノ・タウト、ミース・ファン・デル・ローエといった建築家、あるいは哲学者ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタインを取り上げて分析した。特に写真や戦争テクノロジー、マスコミュニケーションなどの技術的諸条件との関連で、建築が近代において被った変容を具体的に検討し、モダニズム建築の新たな歴史的位置づけを提示した。総頁数241頁。 |
| 3. 磯崎新の革命遊戯 |
共著 | 1996年12月 | TOTO出版 | 磯崎新監修の日本建築学会主催による展覧会「アーキテクチャー・オブ・ザ・イヤー1996」のカタログとして、編集を担当した。寄稿論文では、建築史を記述する方法論について考察し、精神分析ないしイデオロギー分析の手法によって、従来の建築史の記述を越える空間分析の展望が拓きうることを論じた。そのほか、展覧会との関係から、磯崎新氏の蔵書を調査・整理してリスト化し、建築家の発想の背景を資料によって具体的に跡づけた。 [担当]全体の編集。論文「歴史という廃墟 ─ 危機の計画=企図」総頁数326頁のうち62〜74頁。磯崎新との対談「建築・日本・歴史」12〜40頁。磯崎新蔵書リスト作成・編集298〜319頁。 [共著] 磯崎新、三宅理一、田中純、中谷礼仁、松原弘典、貝島桃代他8名 |
| 4. バーチャルアーキテクチャー ─ 建築における「可能と不可能の差」 |
共著 | 1997年5月 | 東京大学総合研究博物館 | 東京大学総合研究博物館で開催された同名の展覧会のカタログに、情報テクノロジーが建築に及ぼす影響と、新たな情報環境が人間の空間経験にもたらしている変容をあつかった論文を寄稿した。特に建築物を再現=表象する技術的な諸条件と建築家の想像力との関係を論じ、情報テクノロジーが建築空間の新たな可能性を引き出しているとは限らず、むしろ形骸化したフォルマリズムに陥る傾向があることを指摘し、情報テクノロジーそのものが人間身体に及ぼす影響を知覚行為のレベルで探究するような作業が求められることを結論とした。 [担当]論文「建築の(不)可能性から潜在的建築へ」総頁数317頁のうち14〜20頁。 [共著] 坂村健、鈴木博之、田中純ほか49名 |
| 5. 海市 ─ もうひとつのユートピア |
共著 | 1998年3月 | NTT出版 | NTTインターコミュニケーション・センターで開催された磯崎新監修の同名の展覧会の報告書に、自らが参加したセクションの記録を寄稿した。この展覧会で企画された情報テクノロジーを用いた新たな都市計画では、インターネットなどを用いることにより、不特定多数が都市計画に参加し、そこから空間秩序が自然に生成すると説かれた。寄稿論文では、こうした発想の歴史的な背景と社会的、政治的なコンテクストを明らかにすることにより、情報テクノロジーが建築や都市計画の分野で生んでいるこの種のイデオロギーを批判的に検討・分析した。 [担当]総頁数525頁のうち論文「もうひとつの帝国主義」277〜278頁、「自然生成性というイデオロギー、民主主義のリミット」283〜284頁、「島という幻想:胎児としての海市」296〜298頁、「リアライゼーション」303〜307頁、「国生み神話の陰に」320〜322頁。 [共著] 磯崎新、浅田彰、田中純他66名 |
| 6. 都市表象分析I |
単著 | 2000年3月 |
INAX出版 | 都市空間および都市という共同体が、コンピュータや通信機器などのテクノロジーによって高度に情報化された環境のなかで経験している変容を主題として、建築論、情報メディア論、映像論、文学論、コミュニケーション論などの多様な観点から分析を行なった。その分析の過程で、ヴァルター・ベンヤミンの都市論における方法論を彼の複製技術論およびアレゴリー論などと関連づけながら発展させ、社会学とは異なる表象文化論的な都市分析の方法論を構築した。総頁数438頁。 |
| 著書 計6編 |
||||
| 論文 | ||||
| 1. クルト・シュヴィッタースの芸術理念〈メルツ〉について ─ 1920年代における芸術の諸問題 (修士学位論文 東京大学) |
単著 | 1991年3月 | 1920年代のドイツ社会と芸術家との間の緊張関係を主題として、生成変化し続ける一種のデータベースないしアーカイヴである特殊な造形作品〈メルツ建築〉に集大成されるシュヴィッタースの総合的な芸術理念〈メルツ〉を、同時代の前衛芸術における他のコラージュ/モンタージュ的技法との対比の中で論じた。都市の廃物を材料としたメルツ作品は、資本主義的大都市の商品経済を批判的に映し出した芸術であり、消費社会の欲望を屈折した形で反映したものであることがそこで明らかにされた。 |
|
| 2. クルト・シュヴィッタースの芸術理念〈メルツ〉をめぐって ─ 初期の活動を中心として |
単著 | 1991年10月 | 東京大学地域文化研究会『地域文化研究』3号 | シュヴィッタースの芸術活動の初期に焦点を絞り、芸術理念であり同時に造形手法でもある〈メルツ〉の基本的論理を明らかにするとともに、第一次世界大戦直後のドイツにおけるどのような文化・社会状況の中から〈メルツ〉が形成されてきたかを諭じた。1〜34頁。 |
| 3.建築という祝祭 ─ 〈幻想建築家〉ブルーノ・タウト |
単著 | 1992年5月 | 筑摩書房『ルプレザンタシオン』3号 | 第二次世界大戦戦中、戦後にユートピア的な建築ドローイングを数多く残したタウトについて、なぜこの時期の彼の活動がドローイングや映画の構想に集中したのかを時代状況と関連づけながら、表象技術の問題として考察した。149〜154頁。 |
| 4.着衣の作法 ─ アドルフ・ロースのダンディズム |
単著 | 1992年8月 | 青土社『現代思想』20巻8号(8月号) | ロースが提唱した建築の〈着衣=被覆の原理〉をボードレール以降のモダニズム文化の伏流であるダンディズムと結ひづけ、ロースの建築思想をダダなどの前衛芸術との関係の中で分析した。230〜239頁。 |
| 5. 生成変化する迷宮 ─ クルト・シュヴィッタースのメルツ建築 |
単著 | 1992年9月 | 東京大学地域文化研究会『地域文化研究』4号 | 芸術理念〈メルツ〉の発展を辿り、総合芸術作品としての〈メルツ建築〉の形成過程とその造形論理を解明しつつ、消費社会化しつつあった1920年代の社会変容と、そこにおける人間主体の対物関係といった問題との関わりを論じた。95〜136頁。 |
| 6.ウィトゲンシュタインの扉かつ/またはデュシャンの蝶番 |
単著 | 1992年9月 | 未來社『未来』312号(9月号) | ウィトゲンシュタインとデュシャンそれぞれの建築あるいは造形作品における類似性を辿りながら、扉や蝶番といった形象を通じて、両者の哲学・思想に共通する論理を分析した。2〜7頁。 |
| 7. 終わりの時代の建築家 ─ ダニエル・リベスキンドの署名 |
単著 | 1993年7月 | 福武書店『批評空間』I期10号 | ドローイングや機械といったリベスキンドの非建築的作品と彼の〈建築〉理念との関係を探り、建物内部における〈空虚〉として示される建築の内在的不可能性がリベスキンドという建築家にとって、また現代建築にとって持つ意味を論じた。160〜174頁。 |
| 8. 虚のファルス ─ 建築家ミース・ファン・デル・ローエの誕生 |
単著 | 1994年4月 | 太田出版『批評空間』II期1号 | モダニズム建築の起源を画するミースの〈ガラスの摩天楼〉案を中心に、実現しなかったこの案が持つ、実在の建物以上の〈現実性〉を、表象技術の側面から分析し、建築におけるモダニズムの発生とその構造、時間性を論じた。190〜209頁。 |
| 9. 血のデュナーミク ─ 仮想のアインシュタイン塔 |
単著 | 1994年10月 | 日本独文学会編『ドイツ文学』第93号 | エーリッヒ・メンデルゾーンのアインシュタイン塔を主題として、第一次世界大戦の戦場におけるこの建築家の戦争経験や、潜水艦をはじめとする軍事技術、および相対性理論などの科学がどのように建築物の創造に影響を及ぼしているかをメディア論的に考察した。68〜79頁。 |
| 10. シュプレマティズムと建築 ─ 新しい大地そしてルート−1の建築 |
単著 | 1994年12月 | 彰国社『建築文化』第49巻第578号 | カジミール・マレーヴィチおよびエル・リシツキーという二人のロシア・アヴァンギャルドの芸術家を対象として、飛行機から見た大地の形象や空中浮遊感覚とシュプレマティズム絵画との関係、あるいは数学的な空間概念がリシツキーの絵画空間論に与えた影響を論述した。20〜27頁 |
| 11. 美術史の曖昧な対象 ─ 衰退期について |
単著 | 1995年3月 | 太田出版『批評空間』臨時増刊号「モダニズムのハード・コア ─ 現代美術批評の地平」 | コンラート・フィードラーやアドルフ・ヒルデブラント、アロイス・リーグルなどの形式主義的美学理論を19世紀のパノラマをはじめとする視覚装置の背景にある知覚認識の構造との関連で再解釈し、カール・リンフェルトやヴァルター・ベンヤミンの建築ドローイング論や複製技術論にいたる知覚のメディア論の系譜を分析した。276〜291頁。 |
| 12. 迷宮のコレオグラファー ─ ニーチェの建築 | 単著 | 1995年6月 | 彰国社『建築文化』第50巻第584号 | ニーチェの思想における建築の隠喩を系統的に分析することを通じて、隠喩という表現行為そのものが〈迷宮〉という特定の空間表象を伴って用いられている点を明らかにするとともに、このような空間表象が近代的大都市の経験に深く根ざしていることを指摘し、ニーチェがモダニズム建築の誕生に際して大きな刺激を与えた理由を考察した。268〜281頁。 |
| 13. 未来の化石 ─ J・G・バラードと都市のアクシデント |
単著 | 1996年4月 | INAX出版『10+1』第5号 | バラードの小説における都市空間の表象やそこにおける交通システムの障害というモチーフに注目することにより、ポール・ヴィリリオやハンス・ホライン、あるいは磯崎新といった理論家、建築家の言説や作品に通じる、特異な時間感覚や都市観の構造を論じた。16〜27頁。 |
| 14.性差の建築 ─ ダンディ、モード、モダン |
単著 | 1996年5月 | 青土社『imago』第7巻第6号 | 世紀転換期のウィーンを舞台としたアドルフ・ロース、オットー・ヴァイニンガー、オスカー・ココシュカといった芸術家、思想家たちの活動に通底する性差をめぐる思考を辿ることで、特にロースの装飾批判の言説が女性性をめぐる排除と抑圧の構造を備えていたことを明らかにした。100〜115頁。 |
| 15.夢のトポロジー ─ パサージュの襞 |
単著 | 1996年5月 | 彰国社『建築文化』第51巻第595号 | ヴァルター・ベンヤミンの思想における都市空間の表象を、〈夢〉というモチーフに沿って体系的に整理し、その独特な空間構造をジル・ドゥルーズのバロック論における〈襞〉の概念などを援用して解析した。100〜105頁。 |
| 16.自殺するロックンロール ─ デヴィッド・ボウイ試論 |
単著 | 1996年6月 | 東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻『超域文化科学紀要』創刊号 | デヴィッド・ボウイの1970年代の音楽を、フリードリッヒ・キットラーなどのメディア論に依拠しつつ、精神分析的、イデオロギー分析的に解釈し、現代社会においてロック音楽がもつ影響力に対する反省的=自己言及的な作品としてそれを位置づけた。85〜114頁。 |
| 17.〈光の皮膚〉の肌理 ─ 都市写真という寓意 |
単著 | 1996年7月 | INAX出版『10+1』第6号 | 都市と写真との関係性を歴史的に辿りつつ、写真というメディアの記号論的性格を整理し、それを背景として、1970〜90年代の東京を撮影した、倉田精二や森山大道、牛腸茂雄らの写真群を分析することによって、この時代の都市東京がなぜそこに残されたような写真表象として記録されたのかを考察した。16〜27頁。 |
| 18. 〈無人〉の風景 ─ 建築が見る〈不眠の夢〉 |
単著 | 1996年10月 | INAX出版『10+1』第7号 | ダニエル・リベスキンドのベルリンにおける建築プロジェクトや現代日本の建築家鈴木了二の建築論などを対象として、現代都市における建築の〈場所性〉の様態を考察し、特に鈴木において、建築が写真や映画の〈イメージ〉との間に有している緊密な関係性のなかに、現代建築における空間表象の変容を見出した。46〜60頁 |
| 19. 近代というナルシス ─ ル・コルビュジエの遡行的問い |
単著 | 1996年10月 | 彰国社『建築文化』第51巻第600号 | ル・コルビュジエのギリシア旅行体験をジークムント・フロイトの同様の体験と比較することを通じて、モダニズム建築の〈起源〉としてのアクロポリスというル・コルビュジエのヴィジョンを分析するとともに、ル・コルビュジエの建築的実践を写真や雑誌メディアなどの複製技術との関係の中に置くことによって、〈起源〉という観念そのものがそこで強いられる変容を論述した。68〜73頁。 |
| 20.〈?−建築〉になること ─ 建築の消尽 |
単著 | 1996年12月 | 彰国社『建築文化』第51巻第602号 | ジル・ドゥルーズの思想における〈非存在〉、〈問題〉、〈マイナー性〉といった概念を手がかりとして、モダニズム建築における素材の扱い方や構造の形式性を、哲学やカフカの文学などとの併行関係のうちに考察した。98〜105頁 |
| 21.コンピュータの屍肉 ─ サイバースペースの生ける死者たち |
単著 | 1997年3月 | INAX出版『10+1』第8号 | サイバースペースやヴァーチュアルアーキテクチャーなどのデザインに認められるバロック的ないし表現主義的な造形がもつイデオロギー性を明らかにするとともに、コンピュータをはじめとする電子メディアと身体との接触によってもたらされる無意識的な欲望の経済の変容を分析し、コンピュータが現代社会において獲得している物神性について論じた。16〜27頁。 |
| 22. 逆説都市 ─ 室内の幻像からノワールの宇宙へ |
単著 | 1997年5月 | INAX出版『10+1』第9号 | 推理小説を誕生させた近代都市の空間構造を、市民社会における私的空間と公的空間の分割と両者の関係性として整理するとともに、その深層で作用している無意識的な作用を〈密室殺人〉というモチーフの分析を通じて浮かび上がらせる一方、このような推理小説的システムの破綻ののちに現われた異なる空間構造を、フィルム・ノワールにおける都市表象、およびフィルム・ノワールを生んだ都市の状況を通じて論述した。14〜25頁。 |
| 23.ポスト郵便都市 ─ 手紙の来歴、手紙の行方 |
単著 | 1997年8月 | INAX出版『10+1』第10号 | 郵便制度が近代市民社会の成立と展開において担ってきた役割を考察し、その基本構造としてグラフ理論による空間表象の抽象化があったこと、しかし、都市そのものは完全にグラフ化されえない残余を抱えていることを明らかにした。そのうえでインターネットという新たな郵便制度が、近代市民社会とは異なる、グローバルな空間表象をもたらしていることに注目し、その裏面でコンピュータをはじめとする情報テクノロジーが物神化するメカニズムを論じた。18〜29頁。 |
| 24.メモリー・クラッシュ ─ 都市における死の欲動 |
単著 | 1997年11月 | INAX出版『10+1』第11号 | ジークムント・フロイトの精神分析における無意識的記憶の理論で隠喩とされた〈マジック・メモ〉の構造を援用して、ピラネージの銅版画集『カンポ・マルツィオ』における古代ローマの幻想的復元を分析し、無意識的な次元における記憶の空間構造が、機械的な運動体としての都市イメージの形で表象されるメカニズムを考察した。16〜27頁。 |
| 25. 暗号的民主主義 ─ ジェファソンの遺産 |
単著 | 1998年2月 | INAX出版『10+1』第12号 | アメリカ西海岸の暗号技術の開発者たちに広く共有されているリベラリズムの淵源がアマチュアの科学者であったトマス・ジェファソンにあることを示し、〈カリフォルニア・イデオロギー〉とも称される、このリベラリズム思想がアメリカ民主主義のひとつの伝統に根ざすものであるとともに、この政治体制固有の国家権力に対する深刻な不安と結びついていることを、トマス・ピンチョンの作品などを引きながら明らかにした。18〜29頁。 |
| 26. 奇妙な天使たち ─〈言葉なきもの〉の都市 |
単著 | 1998年5月 | INAX出版『10+1』第13号 | クエイ兄弟による人形アニメーション、およびその原作者であるブルーノ・シュルツの作品をはじめとして、無機物が生命を得て動き出し始めるという幻想に表出された商品フェティシズムの歴史的系譜を辿った。商品のフェティッシュ性を支える無意識的な構造は、この幻想=夢における〈歪み〉を手がかりとしてはじめて解釈可能なものとなるのであり、この〈歪み〉が指し示すものは原抑圧によって喪われた〈言葉なきもの〉としての〈幼年時代〉にほかならないことを論じ、クエイ兄弟やシュルツの作品における朽ち果てた都市の表象は、純粋なフェティッシュとしての商品の宇宙であると同時に、この〈幼年時代〉の都市イメージであることを示した。12〜24頁。 |
| 27. 建築の哀悼劇 ─ ヴァーチュアル・ハウスをめぐって |
単著 | 1998年5月 | INAX出版『10+1』第13号 | 1997年にベルリンで行なわれた〈ヴァーチュアル・ハウス〉という設計競技では、コンピュータによって生成されるヴァーチュアルで多様なイメージのどれを選択すべきかわからないという決定不能性が、いずれのプロジェクトにおいても十分な解決を見なかった。本論文はこうした事態の背景にある政治的、社会的なコンテクストを考察するとともに、解体され破壊される家をヴァーチュアル・ハウスと呼んだ伊東豊雄案の分析を通して、建築におけるヴァーチュアルなものの背後に、現代の都市が建築に強いている大きな制約の存在を見出した。94〜104頁。 |
| 28. エクリチュールの夢魔 ─ 漢字という(ス)クリプト |
単著 | 1998年8月 | INAX出版『10+1』第14号 | コンピュータで処理可能な文字情報をめぐる議論を、文字と権力との結びつきに関わる歴史的な展望のなかに位置づけ、それとの関連において、西欧文化ではとりわけ漢字に認められてきた、音声言語とは異なる文字固有の表象作用の位相を考察した。さらにコンピュータのCPUなど、情報テクノロジーのハードウェアの構造そのものに現代社会の権力構造を読み取る観点を導入し、コンピュータ・アーキテクチャーを文字支配の歴史的系譜の中に置き直して分析した。9〜21頁。 |
| 29. 寓意への愛 ─ 都市表象分析の方法 |
単著 | 1999年2月 | INAX出版『10+1』第16号 | ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』などにおける方法論的考察をそれ自体の歴史的文脈に沿って再構成するとともに、〈古代〉が〈近代〉と照応し、両義性を帯びた〈形象〉が生み出されるというベンヤミンのヴィジョンが、西欧に限らない近代文化に内在する現象であったことを明らかにした。また、特にベンヤミンのアレゴリー論を参考に、都市をその表象において分析する方法論の基本的構想を論述した。10〜19頁。 |
| 他論文 25編 論文 計54編 |
||||
| その他 | ||||
| 1. 翻訳:アインシュタイン・ドキュメント ─ 私は神のパズルを解きたい |
共著 | 1992年4月 | 哲学書房 | 金子務監修により、大部分をヘブライ大学アインシュタイン・アーカイブの一次資料から翻訳した、アインシュタインの科学観から人生観にわたる広範なドキュメント集であり、ヘブライ大学の調査に同行するとともに、ドイツ語および英語の自筆テクストの翻訳を担当した。総頁数181頁のうち10〜162頁。 [共著] 金子務、鬼頭春樹、田中純 |
| 2. 翻訳: Anyway |
共著 | 1995年2月 | NTT出版 | 磯崎新+浅田彰編になる同名の国際建築会議の記録であり、ダニエル・リベスキンドの論文のほか、会議の中心をなすディスカッションの部分全体の翻訳を担当した。 [担当] 論文:ダニエル・リベスキンド「ある一日の外傷の批評、あるいはシーシュポス再見」総頁数287頁のうち159〜170頁。「ディスカッション1〜5」60〜65、98〜103、144〜148、172〜182、224〜225頁 [共著] 鈴木英明、丸山洋志、田中純他13名と共訳 |
| 3. The Ideology of Virtuality and Auto-Poiesis : On the “Mirage City” |
単著 | 1998年9月 | 第14回国際美学会 | スロベニアのリュブリャーナで開催された第14回国際美学会における発表。ヴァーチュアル・アーキテクチャーにおける〈流体的建築〉という表現形態が孕むイデオロギー性を明らかにしたうえで、それが磯崎新氏プロデュースによる「海市」展が前提とした、秩序の自然生成性の観念と共犯的であること、いずれもが政治的、政策的な決定・決断の回避という社会的幻想に陥っていることを示し、電子メディアとの身体的接触の次元により密着した議論とデザインが求められることを主張した。 |
| 他翻訳 11編 その他 計14編 |