田中純が興奮した20冊と1枚(番外1冊)──『政治の美学』のために


書店での小さな書籍フェアのために選書した一覧です。

趣旨
拙著『政治の美学──権力と表象』の「あとがき」にも書いたことだが,橋川文三が『日本浪曼派批判序説』増補版の「あとがき」で,ジョルジュ・ソレルの言葉を引き,自分を「autodidacte」(独学者)と規定していることが気にかかっていた.それは彼にとって「倫理ないしスタイル」をめぐる自己規定だった.
この言葉が脳裡を去らなかったのは,『政治の美学』もまた,「独学」によってしか書けない,所属するジャンルや特定の先行研究をもたない書物だったからだろう.橋川の著作をはじめとして,取り組むべき対象はあった.しかし,当初は問題のかたちさえ見えなかったのである.そして,本を書き終えたとき,私は自分がなぜ「政治の美学」を論じなければならなかったのかをようやく理解した.このような自己認識のプロセスもまた,独学固有のものなのかもしれない.
ここに挙げるのは,そんな「独学」のために私が必要とした,いや,知的興奮を呼び起こし,かたちの定かでない問いをめぐって独学することを否応なく私に強いた書物(そして音盤)の一部である.ジャンルや主題の共通性は稀薄だが,『政治の美学』を完成させた今,これらの書物が見えない糸で結ばれ,ひとつの星座をかたちづくるように感じている.そして,その星座に隠された,いまだ明らかでないつながりこそ,これから見出されるべき,新たな独学のための問いであるに違いない.

以下、書籍などの情報を加えたヴァージョンははてなダイアリー で。

●20
1. 橋川文三『日本浪曼派批判序説』,講談社文芸文庫,1998
かつての心酔者であるがゆえの苛烈で抉るような批判.だが,その背後には,三島由紀夫と共振する「美学」が垣間見える.

2. 保田與重郎『日本に祈る』,新学社,2001
日本浪曼派の中心人物が戦後数年の沈黙後に著わした書物.異様な語調の「自序」と「みやらびあはれ」に尽きる.

3. 久世光彦『昭和幻燈館』,中公文庫,1992
著者の初エッセイ.昭和初期という死滅した時代に向けたノスタルジアには,世界崩壊の感覚が宿る.

4. 吉本隆明『吉本隆明詩全集〈5定本詩集 1946‐1968』,思潮社,2006
著者は私にとってまず詩人である.この詩集の何篇かを同時代の歌であるかのように暗唱したことを思い出す.

5. 夏目漱石『それから』,新潮文庫,2000
「狂気にいたるまでの自己認識の劇」としての「悲劇」(柄谷行人)の典型として.

6. 柄谷行人『内省と遡行』,講談社学術文庫,1988
知のシステムを形式化した果てに内破させる極限的な思考実験──『探究』への転回を私たちは「悲劇」として読んだ.

7. ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』,野矢茂樹訳,岩波文庫,2003
本書に衝撃を受けない知性があるだろうか.これもまた,哲学には回収しえない「悲劇」にほかならない.

8. 中井久夫『分裂病と人類』,UP選書,東京大学出版会,1982
第一章の分裂病論における緊張感と卓見の凝集度は異常で,恐ろしいほどだ.大胆な知の航海者の書.

9. ジョルジョ・アガンベン『幼児期と歴史――経験の破壊と歴史の起源』,上村忠男訳,岩波書店,2007
「ミニチュア化とは歴史の暗号である」という一節が啓示的である.ベンヤミンを継承した歴史への微視的まなざし.

10. スーザン・ソンタグ『土星の徴しの下に』,富山太佳夫訳,みすず書房,2007
本書もまたベンヤミンの影の下にある.リーフェンシュタール論とジーバーベルク論が対置される挑発的な構成.

11. J.G.バラード『終着の浜辺』,伊藤哲訳,創元SF文庫,2005
表題作は1960年代以降における時間意識の変容に対応した「濃縮小説」.同系列の『残虐行為展覧会』復刊を期待する.

12. ロープシン『蒼ざめた馬』,川崎浹訳,岩波現代文庫,2006
帝政ロシアのテロリストが筆名で書いた自伝的小説.張り詰めた詩的文体は彼岸からのまなざしを思わせる.

13. ジョルジュ・バタイユ『空の青み』,伊東守男訳,河出文庫,2004
内戦勃発直前のバルセロナ,殺戮の不穏な予感のもとでのエロティシズムを描く.著者が20年近く封印した小説.

14. ジークムント・フロイト『モーセと一神教』,渡辺哲夫訳,ちくま学芸文庫,2003
「エジプト人モーセ」の運命とユダヤ人,ユダヤ教成立の謎に迫る,フロイト晩年の壮大な「歴史小説」.

15. アビ・ヴァールブルク『蛇儀礼──北アメリカ,プエブロ・インディアン居住地域からのイメージ』,ありな書房,2003
狂気の淵から帰還するために企てられた講演の記録.蛇儀礼に似た再生の儀式をヴァールブルク自身が演じている.

16. 丸山静・前田耕作編『デュメジル・コレクション1』,ちくま学芸文庫,2001
主権神を論じた「ミトラ=ヴァルナ」は,生成過程にあったデュメジル神話学のダイナミズムを伝えている.

17. ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』,岡部仁訳,講談社文芸文庫,2001
認識批判の序論に始まり,アレゴリー,メランコリーから主権論まで,特殊を論じて理念にいたる批評の模範.

18. カール・シュミット『パルチザンの理論──政治的なものの概念についての中間所見』,新田邦夫訳,ちくま学芸文庫,1995
「絶対的な敵」概念という,彼にとって最大の脅威を論じるがゆえに緊迫感に満ちた,シュミット政治学のエッセンス.

19. ピエール・クラストル『暴力の考古学──未開社会における戦争』,毬藻充訳,現代企画室,2003
「国家に抗する戦争」を軸に,未開社会観を鮮やかに反転させる,来るべき政治人類学のプログラム.

20. 楳図かずお『わたしは真悟』1~7,小学館文庫,2000
世界が崩壊しても突き進もうとする,究極のボーイ・ミーツ・ガールの物語.それは激しくロックンロール的だ.


音盤1枚
デヴィッド・ボウイ『ロウ』(CD).
「自殺するロックンロール」の果て,1970年代のボウイがたどり着いた極点.破砕された詩語が電子音の中に漂う.


番外・品切れ
アントナン・アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』,多田智満子訳,白水社,1996
「叛乱開始の状態」で死ぬ若き古代ローマ皇帝をめぐる,「超明晰な狂気」と「秩序ある無秩序」の物語.

Posted: 日 - 2 月 1, 2009 at 12:24 午後          


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