田中純『都市の詩学』から『政治の美学』へ──「独学」のための40冊の星座+追加1冊


書籍フェアのために選書した一覧(「20冊」版の改訂)です。

田中純『都市の詩学』から『政治の美学』へ──「独学」のための40冊の星座+追加1冊

 拙著『政治の美学──権力と表象』の「跋」にも書いたことだが,橋川文三が『日本浪曼派批判序説』増補版の「あとがき」で,ジョルジュ・ソレルの言葉を引き,自分を「autodidacte」(独学者)と規定していることが気にかかっていた.それは彼にとって「倫理ないしスタイル」をめぐる自己規定だった.
 この言葉が脳裡を去らなかったのは,前著『都市の詩学』とともにこの『政治の美学』もまた,「独学」によってしか書けない,所属するジャンルや特定の先行研究をもたない書物だったからだろう.橋川の著作をはじめとして,取り組むべき対象はあった.しかし,当初は問題のかたちさえ見えなかったのである.そして,本を書き終えたとき,私は自分がなぜ「政治の美学」を論じなければならなかったのかをようやく理解した.このような自己認識のプロセスもまた,独学固有のものなのかもしれない.
 ここに挙げるのは,そんな「独学」のために私が必要とした参考文献のほか,知的興奮を呼び起こし,かたちの定かでない問いをめぐって独学することを否応なく私に強いた書物たちの一部である.ジャンルや主題の共通性は稀薄だが,『都市の詩学』と『政治の美学』を完成させた今,これらの書物が見えない糸で結ばれ,ひとつの星座をかたちづくるように感じている.そして,その星座に隠された,いまだ明らかでないつながりこそ,これから見出されるべき,新たな独学のための問いであるに違いない.


1. 橋川文三『日本浪曼派批判序説』,講談社文芸文庫,1998.
かつての心酔者であるがゆえの苛烈で抉るような批判.だが,その背後には,三島由紀夫と共振する「美学」が垣間見える.

2.  橋川文三『三島由紀夫論集成』,太田和徳編,深夜叢書社,1998.
同じ戦中派として「死のメタフィジク」を生きた三島に寄せる共感と批判の集成.それは三島の「美」に抗する「歴史」の模索である.

3.  松岡心平『宴の身体――バサラから世阿弥へ』,岩波現代文庫,2004.
稚児をめぐる中世日本の「政治の美学」は三島由紀夫をも魅了した.芸能・政治・民俗・文化が舞い踊る身体上で交錯する知的「宴」と言うべき書物.

4.  中沢新一『芸術人類学』,みすず書房,2006.
「芸術人類学」とは「組合原理」の探究であり,それはすなわち男性結社論である.最も刺激的な論文「山伏の誕生」にこの点は顕著だ.

5. 保田與重郎『日本に祈る』,新学社,2001.
日本浪曼派の中心人物が戦後数年の沈黙後に著わした書物.異様な語調の「自序」と「みやらびあはれ」に尽きる.

6.  『堀口捨己の「日本」──空間構成による美の世界』,彰国社,1997.
本書が全体像を描く建築家・堀口は歌人でもあった.「ほのかなる かそけきもの」へと向かうその美意識に,近代日本における建築の宿命が反映する.

7. 久世光彦『昭和幻燈館』,中公文庫,1992.
著者の初エッセイ.昭和初期という死滅した時代に向けたノスタルジアには,世界崩壊の感覚が宿る.

8. 吉本隆明『吉本隆明詩全集〈5〉定本詩集 1946‐1968』,思潮社,2006.
著者は私にとってまず詩人である.この詩集の何篇かを同時代の歌であるかのように暗唱したことを思い出す.

9.  大江健三郎『性的人間』,新潮文庫,1968.
少年の性的鬱屈が右翼的な暴力と結託するにいたる「セヴンティーン」が傑出している.続編「政治少年死す」の刊行を期待する.

10. 夏目漱石『それから』,新潮文庫,2000.
「狂気にいたるまでの自己認識の劇」としての「悲劇」(柄谷行人)の典型として.

11. 柄谷行人『内省と遡行』,講談社学術文庫,1988.
知のシステムを形式化した果てに内破させる極限的な思考実験──『探究』への転回を私たちの世代は「悲劇」として読んだ.

12. ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』,野矢茂樹訳,岩波文庫,2003.
本書に衝撃を受けない知性があるだろうか.これもまた,哲学には回収しえない「悲劇」にほかならない.

13. 中井久夫『分裂病と人類』,UP選書,東京大学出版会,1982.
第一章の分裂病論における緊張感と卓見の凝集度は異常で,恐ろしいほどだ.大胆な知の航海者の書.

14.  小村雪岱『日本橋檜物町』(平凡社ライブラリー),平凡社,2006.
鏡花本の装丁や小説の挿絵で知られる,わが偏愛の画家のエッセイ集.日本橋や入谷・龍泉寺といった土地の匂いと記憶を語る文章の独特な官能性.

15.  アルド・ロッシ『アルド・ロッシ自伝』,三宅理一訳,SD選書,1984.
イタリアの建築家が自作を中心とする建築や都市の記憶を詩的に綴った,夢の記録のような書物.白昼夢めいた世界にずるずると引き込まれてゆく.

16. ジョルジョ・アガンベン『幼児期と歴史――経験の破壊と歴史の起源』,上村忠男訳,岩波書店,2007.
「ミニチュア化とは歴史の暗号である」という一節が啓示的である.ベンヤミンを継承した歴史への微視的まなざし.

17. スーザン・ソンタグ『土星の徴しの下に』,富山太佳夫訳,みすず書房,2007.
本書もまたベンヤミンの影の下にある.リーフェンシュタール論とジーバーベルク論が対置される挑発的な構成.

18. J.G.バラード『終着の浜辺』,伊藤哲訳,創元SF文庫,2005.
表題作は1960年代以降における時間意識の変容に対応した「濃縮小説」.同系列の『残虐行為展覧会』復刊を望む.

19. ロープシン『蒼ざめた馬』,川崎浹訳,岩波現代文庫,2006.
帝政ロシアのテロリストが筆名で書いた自伝的小説.張り詰めた詩的文体は彼岸からのまなざしを思わせる.

20. ジョルジュ・バタイユ『空の青み』,伊東守男訳,河出文庫,2004.
内戦勃発直前のバルセロナ,殺戮の不穏な予感のもとでのエロティシズムを描く.著者が20年近く封印した小説.

21. ジョルジュ・バタイユほか『無頭人(アセファル)』,兼子正勝ほか訳,現代思潮社,1999.
「われわれが企てるのは,ひとつの戦争である」とバタイユは宣言する.ファシズムに対抗する「無頭」の結社による「戦争」の記録.

22. ジークムント・フロイト『モーセと一神教』,渡辺哲夫訳,ちくま学芸文庫,2003.
「エジプト人モーセ」の運命とユダヤ人,ユダヤ教成立の謎に迫る,フロイト最晩年の壮大な「歴史小説」.

23. アビ・ヴァールブルク『蛇儀礼──北アメリカ,プエブロ・インディアン居住地域からのイメージ』,ありな書房,2003.
狂気の淵から帰還するために企てられた講演の記録.蛇儀礼に似た再生の儀式をヴァールブルク自身が演じている.

24. ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクション3 記憶への旅』,浅井健二郎編訳,ちくま学芸文庫,1997.
「1900年頃のベルリンの幼年時代」の序文を読むと泣けてくる.来たるべき都市論のための啓示に満ちた書物.

25. ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』(上・下),浅井健二郎訳,ちくま学芸文庫,1999.
認識批判の序論に始まり,アレゴリー,メランコリーから主権論まで,特殊を論じて理念にいたる批評の模範.

26.  テオドール・W・アドルノ『プリズメン──文化批判と社会』,渡辺祐邦・三原弟平訳,ちくま学芸文庫,1996.
力篇「ゲオルゲとホーフマンスタール」における苛烈な審美主義批判は,ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」に対する応答である.

27. カール・シュミット『パルチザンの理論──政治的なものの概念についての中間所見』,新田邦夫訳,ちくま学芸文庫,1995.
「絶対的な敵」概念という,彼にとって最大の脅威を論じるがゆえに緊迫感に満ちた,シュミット政治学のエッセンス.

28.  E・H・カントロヴィッチ『祖国のために死ぬこと』,甚野尚志訳,みすず書房,2006
著者は映画『ワルキューレ』の主人公と同じくゲオルゲ派の一員だった.品切れの主著『王の二つの身体』に代えて.「芸術家の主権」をめぐる考察に注目.

29.  ジョルジュ・デュメジル『ゲルマン人の神々』,松村一男訳,国文社,1993
デュメジル神話学はそれ自体が変化を続けた神話的なテクストである.この原形をなす「ゲルマン人の神話と神々」がより重要.

30. ピエール・クラストル『暴力の考古学──未開社会における戦争』,毬藻充訳,現代企画室,2003.
「国家に抗する戦争」を軸に,未開社会観を鮮やかに反転させる,来るべき政治人類学のプログラム.

31.  ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー』,宇野邦一ほか訳,河出書房新社,1994.
デュメジルやクラストルの業績が本書の背景をなしている.この書物はそれ自体が「多」を生成させる戦争機械だ.

32. ジル・ドゥルーズ『シネマ2 時間イメージ』,宇野邦一ほか訳,法政大学出版局,2006.
ハンス・ユルゲン・ジーバーベルクの映画『ヒトラー』を最後で論じ,映画史のひとつの劃期と見なしている.

33.  フィリップ・ラクー=ラバルト『政治という虚構──ハイデガー,芸術そして政治』,浅利誠・大谷尚文訳,藤原書店,1992.
ドイツ民族を芸術作品として形成するという思想的伝統をめぐり,本書はジーバーベルクの『ヒトラー』から着想を得ている.

34.  クラウス・テーヴェライト『男たちの妄想』IおよびII,田村和彦訳,法政大学出版局,1999; 2004.
同じ1970年代末に生まれたジーバーベルクの『ヒトラー』と(憎しみ合う)双子をなすような,異形のファシズム論.

35.  ボリス・グロイス『全体芸術様式スターリン』,亀山郁夫・古賀義顕訳,現代思潮社,2000.
美的現象・全体芸術作品としてのスターリニズムを分析する試み.その方法はジーバーベルクやテーヴェライトに通じる.

36.  ノーマン・O・ブラウン『ラヴズ・ボディ』,宮武昭・佐々木俊三訳,みすず書房,1995.
西洋文化における「ボディ」の観念をめぐる断章と引用からなる驚くべき思想詩.「政治の源は非行である」と語る第1章は凝縮された結社論だ.

37. 松岡正剛『フラジャイル──弱さからの出発』,ちくま学芸文庫,2005.
大学入学の前に著者の「遊学」を経験したことは決定的だった.「弱さ」や「壊れやすさ」はいまだに自分にとっての詩学や美学の核心である.

38.  中谷礼仁『セヴェラルネス――事物連鎖と人間』,鹿島出版会,2005.
有限な関係性の論理である「セヴェラルネス(いくつか性)」は,建築技術論を超えた思考と実践,とくに「独学」の原理であろう.

39.  佐々木正人『ダーウィン的方法――運動からアフォーダンスへ』,岩波書店,2005.
『ミミズと土』におけるダーウィンの記述法に,眼前にはない行為群を描写する劃期的な方法を見いだす.著者の叙述こそがこの方法の好例にほかならない.

40. 楳図かずお『わたしは真悟』1~7,小学館文庫,2000.
世界が崩壊しても突き進もうとする,究極のボーイ・ミーツ・ガールの物語.それは激しくロックンロール的だ.

+1.前田英樹『独学の精神』,ちくま新書,2009.
「学ぶことは始めから終わりまで身ひとつで行なわれる」──臓腑に達する言葉だ.巷の教育論は一刀両断される.若い世代に是非読んでもらいたい「独学のすすめ」.

Posted: 火 - 5 月 5, 2009 at 10:07 午後          


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