NAM


その崩壊過程

ひょんなことから詳しい情報を読む。
岡崎乾二郎さんのほか、中谷礼仁氏も入っていたことは知らなかった。
崩壊過程とその後の関わり方(あるいは無視の仕方)に、「ゼロ年代」における批評の不在の淵源を見るような気もする。
無惨だ。

先日、松浦寿輝さんと柄谷行人さんの話をしたことを思い出す。
1980年代初めの『内省と遡行』から『探究』への転回は忘れがたい。

けれど、2000年以降のNAMの活動には当時もその後もまったく関心がなく、こんな機会がなければ知ることもなかっただろう。
『批評空間』には執筆していたのだから、近い場所で起きていた出来事なのに、何の印象もなかった。

『批評空間』編集の内藤さんの葬儀における柄谷さんの痛々しい弔辞を思い返している。
いろいろな意味で、ひとつの時代が終わっていたのかもしれない。

Posted: 土 - 5 月 16, 2009 at 11:25 午後          


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