帰国 - Blog (Before- & Afterimages)

帰国

チューリッヒに一泊して帰国。
バーゼル市文書館ではデジカメによる資料の写真撮影が認められており、手紙や日記などをひたすら撮る。GRDIIIの優れた接写機能が役に立った。
撮影枚数の合計は2321枚に上っていた。文書の写真だけでも1500枚は越えているはず。とりあえず整理したあと、どのように通読すべきか。

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文書館を守る犬と雨樋の蛙

090914GRD 241.jpgのサムネール画像
串刺しにされた蛙のいるクラヴェル家の紋章とジルベールのデスマスク(?)をかたどったプレート

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ジルベール(手前)と弟ルネ
ルネは考古学を趣味にしていた。バーゼル郊外のアウグストには、彼が中心となって作られた古代ローマ遺跡の屋外展示や博物館もあり、今回訪れることができた。

ヴァールブルクについてもそうだが、われわれが手がかりにできるのは、散逸から救われた思考や感情の断片でしかない。いや、それだけでも解読するには膨大な数なのだが。
ヴァールブルクについて調べる際には、先行する伝記作家たちやアーカイヴ司書の仕事に支えられた。今回はそれがハラルト・ゼーマンの労力だった(彼はクラヴェルの著作の出版を計画していたはずである)。ある美術館でたまたま見つけたスイスの文化雑誌『du』の特集にゼーマンが取り上げられていたことも何かの因縁か。

自分自身の思考が拠り所にできる堅い実質は、やはり、こうした文書にしかない。
そして、その思考を深化するために必要な精気は、これらの文書を残した人々が生きた大地から立ち上ってくるように思う。
そうした「核」に触れ、その精気が漂うのを確かに感じた。

未来派周辺での活動ののち、1920年代ヨーロッパの知的狂騒から退いて、ポジターノの、いわば「巌窟城」に身を潜めたジルベール。
ヴァールブルクにしろ、クラヴェルにしろ、一族の財産を蕩尽したディレッタントと言えなくもない。
しかし、彼らには大学という制度など無用で無縁な知の破壊力がある。

「死の舞踏」の都市・バーゼルでは、タンゲリー美術館や薬事博物館が記憶に残った。ドイツ領の隣町にあるヴィトラ美術館(フランク・ゲーリー設計)は期待はずれの印象。時間もなかったので、安藤忠雄設計の施設(外観は見られたが、安藤作品として特筆すべきものとは思えない)など、敷地内の建物見学は省略。バイエラー財団美術館(レンゾ・ピアノ設計)ではジャコメッティ展をやっていた。すぐ脇で牛が飼われているという農村の環境も良い。

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朝焼けのバーゼル、ライン川

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バーゼル市庁舎

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タンゲリー美術館にて

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薬事博物館にて

都合により土日を挟む日程になったため、各地に足を延ばす。
チューリッヒに移動した日にはクロイツリンゲンも訪れた。

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フライブルクのミュンスターと花市場

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コルマールの百面館

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ヴォーバン設計の要塞都市ヌフ・ブリザック、車窓より

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クロイツリンゲン、「蛇儀礼」の教会

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木造小型彫刻による受難の光景から

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クロイツリンゲンに隣接するボーデン湖畔の町コンスタンツ、自転するインペリア像

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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