『みすず』読書アンケート特集 - Blog (Before- & Afterimages)

『みすず』読書アンケート特集

何人かの方に拙著『政治の美学』を挙げていただきました。ありがとうございました。

わたしの回答は次の通りです。

1の棚 食と殺生をめぐる人間社会の欺瞞を衝く服部文祥『狩猟サバイバル』(みすず書房、二〇〇九年)の、「猟師が自分の殺生を精算する機会があるとしたら、獲物を自分で解体するという作業においてだろう」という指摘に眼を開かされた。カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史』(せりか書房、一九九二年)で論じられる、骨を集め、死んだ動物の皮で包むことを基礎とした、ユーラシアの再生儀礼を連想する。さらに、三中信宏『分類思考の世界』(講談社現代新書、二〇〇九年)とクロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』(みすず書房、一九七六年)を合わせ読み、分類思考の要である「種」という「業」を積極的に愛する思考のかたちについて考える。

2の棚 前田英樹『独学の精神』(ちくま新書、二〇〇九年)も、「身ひとつで生きる自分が学ぶ」独学を論じて、最終的には「皆で大いに旨い米を食べよう」という食の問題にいたり着く。大学は所詮組織に過ぎない。事業仕分けをはじめとして、そのことを今年は痛感した。孤独な学問の夢を甦らせた書物として、互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール』(作品社、二〇〇九年)という大作が出た。「一」なる国語ではなく、〈一〉なる言語のもとでの「民族不在のヨーロッパ」という「一般言語学」のヴィジョンに、日本語で書くことの可能性を読む。秋にはソシュールと同じスイス出身の作家ジルベール・クラヴェルについて、バーゼルでアーカイヴの資料を調査した。ヴァールブルク、クラヴェル、そしてクラヴェルが晩年に影響を受けたバッハオーフェンにいたるまで、すべて在野の学者だった──「野戦攻城」という世代感覚を語った橋川文三もまた、自分を独学者と規定している。

3の棚 『白髪小僧』をきっかけにひとしきり夢野久作に嵌る。この文体と想像力はどこから来るのか。その根のひとつが謡曲にあることは確かだろう。渡邊守章『快楽と欲望』(新書館、二〇〇九年)と『越境する伝統』(ダイヤモンド社、二〇〇九年)という二冊の評論集から伝わってくるのも、身体を通過した日本語のリズムである。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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