つぶやき - Blog (Before- & Afterimages)

つぶやき

4月からTwitterを使ってみて、思わぬ出会いもあり、発見もあった。
しかし、自分で何かを表現する場としては機能しない。

高速でたどっている自分の思考をメモのようにして書けば、どうでもいいツッコミが入ったりして(つぶやくのに典拠や脈絡など考えて書いたりしないだろうに)、フラストレーションがたまる。
十分に配慮して書こうとすれば、140字では足りないのは明らかだ。

それと、どうもあの場に慣れてしまうと、文章が柔になってしまう虞を感じる。140字で否応なく断片化されるため、二手先、三手先を読んだうえで構築することが難しい。さらに遡って推敲することもできない。
つぶやきを会話と考えれば、何の問題もないのだが、それは逆に、書き言葉の構築性が失われるということでもある。

そうした点でも、無防備かつナイーヴに書くことがある程度は許される場だから、それを意識的に行なうこともする。
しかし、より本質的なことを書くためには、文体が異質なものとならざるをえない。

食欲も性欲も金銭欲も名誉欲も何もかもさらけ出して「だだ漏れ」させ、「自分を見ろ」と自己宣伝するような行為を見ると、自分の品性まで堕落するような気分になる。
集団的な意思決定などのプロセスをオープンにすることは必要だろう。
しかし、情報技術はそうしたオープン化から個人のプライベートな生活の露出までをのっぺりと一体化し、その漫然とした緊張感のない空間で、ひたすら露出狂じみたパフォーマンスを繰り広げることに無自覚な人格ばかりをのさばらせているように見える。

緩い文体に別れを告げよう。孤立を恐れまい。
「塔」に、あるいは「洞窟」に立てこもって、闘いに備えよう。
そんな「塔」や「洞窟」を思考の砦としよう。

最も核心的な事柄については、ひとはつぶやく言葉すら、もちあわせないことのほうが多い。
それは穴を穿つように、魂の地層を掘り進むことによってしか、見いだせないのだ。

Website

Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

Profile (日本語)
Profile (English)

J-GLOBAL 研究者情報
J-GLOBAL English

科学研究費交付実績

『政治の美学』情報

最近の画像

2017年4月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
CURRENT MOON

過去のブログ記事