Blog (Before- & Afterimages): 2010年6月アーカイブ

2010年6月アーカイブ

ドイツに一週間滞在した。
ベルリンは8年ぶり(10年ぶりと思っていたが、2002年に数日滞在していた)。自由に見て回れる時間が少なかったため、ごく表面的な印象だが、25年前に味わった衝撃からははるかに遠い、ごく普通の大都市になってしまった、という感想。
もちろん東西が分断されていた痕跡はいたるところにあり、あの当時の光景を幻のように重ね合わせてみたりもする。
だから、高層ビルが林立するポツダム広場に荒野のような空虚を感じてしまうのだ。
ベルリンの空虚。
アイゼンマン設計の「虐殺されたヨーロッパ・ユダヤ人のメモリアル」は思いのほか小さく感じられた。

ベルリン滞在中は、フンボルト財団の年次総会や授賞式、日本大使館での祝宴などの各種行事に追われる。ともかく、ありがたいことだった。
総会に参加している研究者の顔ぶれを見ても、人文学系は圧倒的に少ない。ドイツに特化した研究者に偏りがちであるという事情に加え、理系に比べて国際的な流動性が低下しているのかもしれない。
自分自身、2000年前後に、当時は40歳までの年齢制限があった財団奨学金への応募を、勤務先の関係(新設の情報学環への流動=出向)などであきらめている。

授賞式で連邦大統領代理(参議院議長)たちを前に許された短いスピーチでは、日本における大学の財政的・制度的危機、人文学の危機について触れた。そうした状況下での受賞は、わたし自身の個人的な研究のみならず、人文学におけるアカデミックな国際交流のための大きな励ましである、と。

人文学は単一の言語、単一の価値を共有できる科学とは異なる。なぜならそれは、言語の差異・多様性や価値の相克こそを主題にするからだ。その差異や相克によってはじめて築かれるからである。
そこに「文体」が生まれる。言語や価値の多様性を横断したうえで生まれる個性的な文体なくして人文学はない。
そして、「文化」と呼ばれるものが、環境に応じたヴァナキュラーな言語使用によってそれぞれ固有の発展を遂げた、異種混淆しながら有機的に関連し合ったゆるやかな統一体であるとするならば、どんな文化もまた「ガラパゴス」なのだ。

「日本の大学はガラパゴス化している」とか、「英語を大学のリンガ・フランカにせよ」などと、警世家は繰り返す。そうした批判・提言に一定の実利的な意味があることは否定しない。
しかし、英語で考えることと日本語で考えることとが異なる経験であると言うならば、そのほかの言語で考えることにもまた無数の差異があるはずだろう。その差異のもつ意味を無視すれば、思考の最も本質的な部分が失われる。
そして、そのような差異に基づいて築かれてきた文化の産物が有する可能性もまた、そこでは喪失されてしまうのだ。

ドイツ語ドイツ文化を学ぶことを通して、イタリア美術研究者であるユダヤ人のドイツ国民アビ・ヴァールブルクに出会ったこと、ドイツ語圏スイスの都市バーゼル出身のマイナー作家ジルベール・クラヴェルの人生を追って南イタリアの街ポジターノにまで赴く羽目になったこと──これらはいずれも、およそヴァナキュラーで異種混淆した文化的産物だけが有する、抗しがたい誘惑に引きつけられた結果だった。彼らの創造物自体が「ガラパゴス」である。

ごくわずかな滞在だったけれど、ここ数カ月、職務上の必要に迫られて自分に課していたものから解放されて、少しは本来の場所に戻ることができたように思える。
ごく素朴にその感慨を記せば、われわれ(と意図的に漠然と言っておく)はもっと自信を持っていいのではないか、ということ。われわれの先行者たちが蓄積してきたものに自信をもち、われわれ自身の潜在的な能力を信頼して、ほかのどこにもない独自な創造を続けてゆけばよいのではないか、と。
もちろんそのためには、みずからと異なる存在への注意深さが必要だし、創造した産物を異なる言語で伝えてゆく営みが不可欠だろう。

徒な警世の句に踊らされずに、自分の眼で事態を見極めて、埒もないつぶやきに明け暮れず、自分に宿命的に課せられた仕事に黙々と励みたいと、そんなことを痛切に思う。それはわたし自身にとって、ヴァールブルクやクラヴェルの異種混淆性を、この花綵列島でさらに「ガラパゴス化」させ、ヴァナキュラーで異質な思考へと鍛え上げることである。そしてそれを日本語でドイツ語で英語で、あるいはほかの言語で、投瓶通信として漂流させることだ。
ヴァールブルクの膨大なメモはアーカイヴに眠ったままだし、クラヴェルの作品はそれが書かれたドイツ語で刊行すらされていない。読まれるべきテクストは果てしなく残されており、伝えてゆくべきことは無数にある。そして、そんな伝えるべきものを見いだせたことを、わたしは幸福に思っている。

誰もが声高な煽動者であることのできる時代に、寡黙な写字生であることの幸福よ──

ツイッターは連絡手段ではない

ドイツ滞在中、最低限の連絡手段は欠かせなかったため、メールでのやりとりは行なっていた。
だが、ウェブもほとんど見ず、ツイッターはほぼまったく見ていない。
一週間で酔いが抜けたような爽やかさなので、この状態をできるだけ保ちたいと思う。

ついでに書き留めておくと、ツイッターを連絡手段とはまったくとらえていないので、個人的に伝えたいことがあるならば、メールを送ってほしいと思う。間接的に知らされたりするのは、やや心外。
ツイッターに書かれたことを遡ってみたりすることはもうほとんどない。
本日ドイツから帰国しました。
ドイツ連邦共和国大統領代理の連邦参議院議長から賞状(Urkunde)を授与された際の写真が大統領府のサイトにあります。
http://www.bundespraesident.de/Journalistenservice/Bildarchiv-,11109.664643/Franz-von-Siebold-Preis-an-Jun.htm

アレクサンダー・フォン・フンボルト財団の年次総会にも出席し、シュヴァルツ会長ご夫妻と個人的にお会いする機会がありましたが、国際的な研究者ネットワーク作りへの強い意欲には驚かされました。「フンボルトの家族」という理念に呼応するように、シュヴァルツ会長夫人が「太母」を思わせたことが印象に残ります。
非常に多分野にわたり、さらに自然科学やテクノロジーの分野の研究者が多いことは、フンボルトに限らない、現在のアカデミア一般の趨勢を反映していると思います。
そのなかでジーボルト賞はいろいろな意味で異色で、この賞の価値を再認識しました。そして、今回の受賞を将来に活かすべき責務を感じました。

『イメージの自然史』──序と跋より

「序」より──
 この書物は原型的イメージを探索した記録である。昆虫や植物の採集、あるいは化石の発掘にも譬えられるだろう。蝶を追うように、足早に逃れ去る少女の残像を追跡し、浪で磨かれ白骨に似た貝殻の面影を、記憶の岸辺で拾った。
 「自然史」とは「ナチュラルヒストリー」を意味している。だからそれは、「自然誌」「博物誌」「博物学」でもある。分類学的な博物誌と系統学的自然史のあわいを揺れ動きながら、原型的イメージを図鑑のように編み、それが変容してゆく過程を歴史のなかにたどった。

「跋」より──
 これらの断章を貫くテーマは「イメージの生命/生命のイメージ」であると言ってよい。この書物は生きた原型的イメージの変容過程をめぐって生物学や進化論に接近する一方で、人形やアニメーションを取り上げ、無機的な物体に生命を与えようとする欲望に迫っている。このようなイメージの生命/生命のイメージは、2001年刊行の著書『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社)でわたしが論じたヴァールブルクによるイメージ論の重要なモチーフだった。本書の出発点をなしているのは、こうしたヴァールブルクの発想や方法である。
 原型的なかたちで記憶に残存するイメージの生命/生命のイメージを論じた結果、この本は天使から貝殻まで、イメージに宿る生命のさまざまな形態を集めた、図鑑に似た書物になった。図鑑は実物を縮小・拡大して見せてくれる。巨大な動物が小さな画像になったかと思えば、極微の生物は逆に大きく眼に見えるようになる。子供が図鑑に熱中するのは、世界が変幻自在に伸び縮みして、自分でも所有できそうな大きさになる、この不思議に魅せられるからではなかろうか。本書にもそんな感覚がどこかに宿っているのかもしれぬ。いや、宿っていてほしいと思う。一書に編むうえでは、こうした世界模型としての図鑑にふさわしい分類と系統的な構成に配慮したつもりである。

始祖鳥

先ほど気づいたのだが、「天使の化石」をめぐる『イメージの自然史』のシークエンスは、版元・羽鳥書店のマークとも呼応していたのだった。

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『イメージの自然史』完成

羽鳥書店・羽鳥さん、矢吹さんから見本を頂戴しました。
今週中には書店にも並びます。
帯を取り、カヴァーを外しても楽しい。

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文鎮代わりは海兎。

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エピグラフはマッシモ・カッチャーリと泉鏡花。

「イメージする色は海の青」という願いを聞き入れていただいた編集の矢吹有鼓さんと、わたしが自分で撮影したガラス瓶の写真を印象的に使った帯など、瀟洒な装幀をしてくださった馬面俊之さんに深く感謝します。

プルチネッラの倦怠

『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第20回です。

書誌情報は
田中純「プルチネッラの倦怠──増殖する道化たちの歴史性」、『UP』452号(2010年6月号)、東京大学出版会、2010年、42〜48頁。

図版が小さくなってしまったので参考までに。

figcolor.jpg

fig2small.jpgのサムネール画像

fig3small.jpg

fig4small.jpg

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Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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