不寛容なディレッタント──ディオゲネスに応える(追記あり) - Blog (Before- & Afterimages)

不寛容なディレッタント──ディオゲネスに応える(追記あり)

amazonのあるレビューに「学者は呪われよ、衒学者は嘉されよ。ディレッタント万歳! 」とあった。この本のレビュアー「編集素浪人 "ディオゲネス"」は(明記されていないが)編集者の二宮隆洋氏だろう。「「中間的」な著者・翻訳者や読者を馬鹿にしてはいけない」という指摘は確かにその通りだと思う。だが、それ以前に中間層を形成する媒体の弱体化が危機的だ。
ディオゲネス氏のほかのレビューでもいくつか言及があるが、先行して出ている同じ著者の翻訳書に言及しない翻訳とか、学者の世界は「無視」というかたちでセクトが表現されるから恐ろしい。まあ、自分も若い頃は、ある翻訳のあとがきで露骨にわけのわからない実名攻撃をされ、「こいつの翻訳だけは決して使うまい」と決めたことはあるのだけれど。欧米建築理論でのポスト構造主義時代、脱構築時代と言うか、Any時代と言うか、建築家の建築論が現代思想系になっていて、競合意識が強かったせいだろうか。やたらに叩かれたり無視されたりしたおかしな時代だった。それに比べれば現在はよほどまともで風通しが良くなったように思う。現代思想で建築を論じるような流行がなくなったためかもしれない。

建築の教育を受けていたり実践していなければ語れないことがあるのは当然なので、こちらには何も競合する気などなかった。建築や作品をめぐって異なる種類の言説が交差して何がいけないのか。排他的になったりせずに、それぞれが学び合えばいいだけのことではないか。『10+1』でもこの種の不毛な批判を何度か受けた。Web上で公開されているテクストをたどればわかるはずだ(連載を書物にする過程で、批判に対する反批判の類はすべて削って捨てた)。まあ、そうした軋轢は別にあってもいいので(その時点では消耗するが)、まったくないほうがおかしいだろう。

ディオゲネス氏のレビューは大変参考になり、その基準の厳しさには襟を正すが、四方田犬彦『先生とわたし』の評価は異なる。自分が好意的な書評を書いたこともあるけれど、たとえ第三者には大仰に見えても、あの本のそうしたいびつさも含めて、その背景の「無気味な」葛藤こそが重要に思われる。そしてその葛藤は恐らく経験しなければわからない。その意味で、『先生とわたし』は恋愛論、ないし体験に基づく恋愛小説なのだろう。ソクラテスと弟子との恋愛。

ディオゲネス氏の厳しい基準からすると、中沢新一さんは才人にとどまる人という評価だったように思う。しかし、中沢さんが開拓した「中間層」も大きいのではなかろうか。また、松岡正剛氏は10代末の自分にとって大きな存在だったので、ディオゲネス氏のように全否定はできない。ディオゲネス氏が揶揄するように、確かに一種の「山師」だろうし、かつてはともかく昨今は(凡庸かどうかは措くとしても)「レトリシャン」の気味が強すぎるにせよ。「松岡さんは残る本を1冊も作っていない」という評価はどうだろうか。そんなことはないと思う。

ちなみに、二宮氏には「回想:出版界の四半世紀」という証言がある。そこには「大学総長になってしまった仏文学者や社会史家」が登場するが(言うまでもなく蓮實重彦氏と阿部謹也氏)、彼らは「なってしまった」と言うより、「させられた」だろう。もちろんすべて拒否する選択肢はあったわけだが。大学行政に携わることが避けられない以上、こうした制度への「回収」は本人の意志とはあんまり関係のないところで進むし、その結果だけとらえて批判するのは筋違いというものだろう。文化庁長官(河合隼雄氏)については知らないが。

「GSグループ」やニュー・アカを「団塊世代の猟官運動」とするのも、やや厳しすぎると思う。「猟官運動」を逆方向から見れば「人文系学科の再編」だったのだから。制度を変えることにもある程度の意味はあった。「百科事典的精神」や「アマチュア精神」、「学際的精神」と「大学」との関係は微妙だ。「大学が存在しなければ知は守られない!」という声高な主張には賛同しないが(人文系の学問が身ひとつでまったくできないとは思わない)、大学があることで守られている部分が皆無ではない。「猟官運動」であったとしても、市場を拡大し、制度内にそれを組み込ませた意義はある。反動も大きかったかもしれないけれど。

二宮氏の言う「トリヴィアルな話題をその寸法にみごとに見合ったプアな情報だけで読ませる本が全盛」という国内市場に防護壁なしに投げ出されて、今後まともな書物が作れるだろうか、と自問してみる。こうした状況下では、専門の枠内で学会や国際誌の英語市場に立てこもったほうがましという判断も当然だろう。しかし、それでは「中間層」が形成されない。

ディオゲネス氏のamazon書評に戻る。彼のあるレビューには次のような一節がある。
「日本の学者のおかしなところは、せっかく面白い対象を選んでも、業界的配慮なのか不勉強なのか知らないが、剣呑な領域に入らないこと。ゲルマニストにその傾向は強く、ゲオルゲ、ハイデガー、ベンヤミン、ショーレム...みなそう。本書に深く関わるストリンドベリ、ヘッケルなども同じで、とりわけヘッケルにはその図録の美しさに驚いているだけではないのか。脳天気だね。」
本来関係のない場所でこうした揶揄を書かれても応えようがないが、ヘッケルについては拙著でも触れているため、この書評者がそれも踏まえたうえでこう述べているならば、「脳天気」などという脳天気な揶揄に対しては、ここで返答しておこう。

彼が最近読んだらしい三中信宏氏の『進化思考の世界』に記載されている、ヘッケルの系統樹技法によってヘッケル自身のアーリア人としての家系や親族を系統樹にまとめあげたHeinz Brücherやその庇護者であるKarl Astelのことなどが念頭にあるのかもしれぬ。そもそも生前から激しい政治活動を展開したヘッケルにおいて、発生生物学や遺伝学と政治が結託した「生政治」が反ユダヤ主義やナチズムとの関係で問題になりうることはいたって常識的な話である。それはそれとしていくらでも論じられるだろう。ヘッケルから出発して、Sigrid Weigel が言うようなGenea-Logikの「生政治」を問うことにはアクチュアリティもあろう。

だが、そうした関連とは別に、ヘッケルにおける生命の図像学をそれ自体として問うこともまた可能である。そして、わたし自身がヘッケルに寄せた関心はそうしたきわめて限定された立場からのものであり、ヘッケルの全体像など度外視している以上、対象としていない領域に触れていないからといって「脳天気」も何もあったものではない。こういう揶揄の仕方を半可通という。

ナチズムの人種理論が巨大な思想史的課題であることは否定しない。だが他方で、何でもナチズムと結びつけて論じれば思想的な強度を備えた批判的研究であるかのように扱われる風潮にはつくづくうんざりだ、というのが、ドイツでの研究動向に長年接してきた実感である。『政治の美学』で取り上げたヘフラーをはじめとするゲルマン神話学やドイツ民俗学にしても、同じような視座からの研究には膨大なものがあり、日本語でさえ大著が書かれている。しかし、そうした研究そのものが無意識的に依拠している前提が疑わしく思えたからこそ、わたしは『政治の美学』で慎重にイデオロギー的な裁断を避けた分析を心がけた。「剣呑な領域」というならば、最も「剣呑な領域」にそこでは接近したつもりである。

ディオゲネス氏の言う「剣呑な領域」は十分定かでないが、わたしにはそれがいかにも、中間的な読者向けのディレッタント的な関心に沿うものに見える(それが悪いわけではない)。編集者と研究者ではおのずとパースペクティヴが異なる。大宮勘一郎氏のベンヤミン論(『ベンヤミンの通行路』)や平野嘉彦氏のゲオルゲ・クライス論(『死のミメーシス』)は、繊細な読解を通じてベンヤミンやゲオルゲの最も「剣呑」でクリティカルな領域に迫った優れた著作である。文学史や思想史の書き換えは、こうしたレベルの緻密な読解に支えられるべきだと思う。ゲルマニストに喧嘩を売るならば、いったいゲオルゲ、ハイデガー、ベンヤミン、ショーレムの何を「剣呑な領域」と呼ぶのか、その根拠を示すべきだろう。

ディレッタント礼讃が非常に不寛容な学問観と結びついているのが面白い。同じ「中間層」の開拓を手がけながら、四方田犬彦氏や中沢新一氏に対して示される批判的な態度は、この部分に起因しているのだろう。フランシス・イェイツをはじめとして、そこで尊重されている学問的伝統には敬意を払うけれど、これは考えてみれば至極普通に学術的なディシプリンを擁護しているだけなので、この種の不寛容さはアカデミズムの守旧的不寛容さと大差はない。平仄は合っている。

カッシーラーをはじめとする大学の学者とのネットワークをもっていたにしても、アビ・ヴァールブルクとは結局、夥しいメモと比較的少数の論文しか残せなかった、ディレッタントの民間学者である。その知的営為を特徴付けるのは人文学における冒険と実験の精神だろう。学問ジャンルの「境界監視人」を排したヴァールブルクであれば、実証における緻密さは要求しても、守旧的な不寛容さとは無縁だったはずだ。

ヴァールブルクとは今や、美術史・文化史・思想史に宿る不安──ディシプリンの基礎を揺るがす不安──を象徴する個人名である。彼の没後、ヴァールブルク研究所は美術史・文化史・思想史の「新しい伝統」を体現することで、この不安を隠蔽した。しかし、今ではこの不安こそをヴァールブルクから継承することが目論まれるようになっている。そこで形成される「不安の伝統」とは、何も守るべきものなどない場所、徹底して剣呑で危険な、開かれた中間地帯であるのかもしれない。

【追記(2010.10.18)】
三中信宏さんの「日録」2010年10月16日に関連記述あり。

【追記(2012.06.06)】
二宮氏はこの間に逝去された。ここに書いたことをきっかけとして、この場に書けないようなやりとりがあった挙げ句、氏との間に行き違いが残ったことは残念に思っている。氏のご冥福をお祈りしたい。
二宮氏の編集者としての業績に対する敬意は微塵も減じてはいない。注意深く拙文を読んでいただければ、わたしがここで何を問題にしたかは明らかだろう。それは出版という文化に携わるうえでの、執筆者としての立場に関わっている。あれこれの人物評価など、副次的なことだ。

それに対して、外野から半可通な物言いをする人がいる。
http://d.hatena.ne.jp/sheepsong55/20120419/1334836875
事情をわかりもせずに、「田中君」呼ばわりでよくもこうした偉そうなことが書けるものだ。
他人の文章を引用するならば、よく読んでからすべきだろう。「ディレッタント」という単語に込めた意味を考えてみるがいい。
この人物の自覚できていない権威主義は、加藤周一の威を借りたようなsheepsong云々といった部分からも透かし見える。まったく、半可通の権威主義ほど、滑稽なものはない。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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