擬似形態学か仮晶学か - Blog (Before- & Afterimages)

擬似形態学か仮晶学か

9月14日に東京大学駒場キャンパスで、美術史家イヴ=アラン・ボワ氏によるレクチャーがあった。演題は「〈似て非なるもの〉を思考する──疑似形態学の魅惑と危険」。5年くらい前から彼が話しているテーマらしく、過去の講演の映像もある。

まずこの映像を見てみた。パノフスキーに始まって、予想通り、カイヨワが登場する。講演者が「as modernist」 と何度も繰り返すのが印象的だ。質疑では生物学の概念との関係を問う質問やクーブラーの名も出ていた。自分自身は、と言えば、ボワ氏の専門である現代美術に詳しくはなく、モダニストでもないので、長期持続における類似にこそ関心があった。

この講演映像の最初で導入される用語は、講演タイトルで「疑似形態学」と訳されている「pseudomorphosis」であり、直接的にはパノフスキーの用例に基づいている。パノフスキーの『イコノロジー研究』ではこのpseudomorphosisに「擬形態」という訳語が充てられている。パノフスキー自身はそこで出典を明示していないが、この用語は、ボワ氏も触れているように、シュペングラー『西洋の没落』からの借用である。シュペングラーは鉱物学用語から転用しており、「仮晶」と訳される。

仮晶とは「鉱物の結晶形が保たれたまま、中身が別の鉱物によって置き換わること」を意味する。シュペングラーはこれを「文化の形態学」に転用した。仮晶は、表面上の形態は元の鉱物結晶と同じだが、物質的には異なる。ハンス・ヨナスのグノーシス研究もそこに注目している。ギリシア思想の型を纏った東方思想という「仮晶」としてのグノーシス主義といった解釈がそれだ。

パノフスキーが少なくとも『イコノロジー研究』においてはpseudomorphosisを、パトスフォルメルの歴史的な意味変化というヴァールブルクの着想から導いていることは明らかである。そこでは同型でありながら意味が変化する歴史的プロセスこそが重要なのであって、同型性から歴史的状況の類似が導かれるのではない。方向が逆である。

つまり、問題となるのは仮晶生成の歴史的なプロセスである。「似て非なるもの」の生成過程、似ているのに異なる、その差異を解読すること──仮晶学 pseudomorphologyの可能性? Carlo Ginzburgは『闇の歴史』でユーラシア大陸のシャーマニズム的恍惚経験をめぐり、歴史と形態学の対立を調停するため、伝播でも元型論でも説明できない歴史的産物としてのisomorphismを語った。その最終的な根拠にされたのは、身体の左右対称性とその破れだった。こうした視点も(擬似)形態学と歴史との関係性を問うている点で、ボワ氏の問題提起につながるだろう。

さて、実際に講演を聴いてみて、ネットで見られる映像と(たぶんほぼ)同じ内容だったことはやや残念だった。まったく新しいコンセプトは示されていなかったはずである。日本語の資料やきわめて明快でわかりやすい通訳もあり、啓蒙的な授業と考えれば良いのだろう。

映像を見た段階では理解していなかった指摘として、pseudomorphosisについてのパノフスキーの解釈は『墓の彫刻』にいたる時点で変化しているらしい。ボワ氏の要約に沿うかぎりでは、それを理論的な次元での「モダニスト」への変化と見なしうるように思われた。だから、ボワ氏自身は当然ながら『墓の彫刻』におけるパノフスキーのpseudomorphosis解釈に従ってゆく。しかし、それは『イコノロジー研究』にはあったヴァールブルクに繋がる側面やシュペングラーの仮晶概念が孕んでいた可能性を捨象してしまう結果にはならなかったか。

だからこそ、シュペングラーの「仮晶」に遡って、ヴァールブルクの情念定型の概念もそこに関連させ、「仮晶」生成の論理そのものを追究する方向性こそが意義深いように思われた。つまり、pseudomorphismではなくpseudomorphologyの探究である。シュペングラー的な「仮晶」の発想は汎用性がありそうだから、このように思想史的に追跡したうえで、より普遍的なレベルで方法化する価値があるかもしれない。

ボワ氏の主たる分析対象は、17世紀のオランダ絵画と19世紀の写真における死体の見開かれた眼を2つの焦点とする、眼状紋というモチーフだった。それとの関連で言えば、ソル・ルウィットらの作品もまた無数の眼状紋ではないだろうか。「目玉の親爺」のようなパプア・ニューギニアの人形も同様である。だから、この講演は忌まわしい眼(邪視)をめぐる悪魔払いの儀式であり、「疑似形態学」とは「邪視」の別名だったのかもしれぬ。あらゆる場所に類似を見つけ出させてしまう忌まわしい眼の。

邪視というテーマに関連して、ジャン・クレールの『クリムトとピカソ』も思い出される。クレールがそこで論じているように、ピカソの《アヴィニョンの女たち》もクリムトの《グレーテ・バウアーの肖像》も、画家たちにとってのメドゥーサの肖像だった。そこには夥しい「眼」が描かれている。そして、ボワ氏の講演にあった「見開かれた眼をもつ屍体」の特権的な形象である「斬首された首」の典型こそはメドゥーサにほかならない。

補足的なことだが、ボワ氏は自身をas modernistのほか、繰り返しas historianとも呼んでいた。脳科学や認知科学、ロボット工学、生命論などとアートが直接結びつく現状に対して、歴史家が感じている深刻な違和感がそれによって表明されているように見えた。具体的には、そうした結合の一部に見られるある種の(非歴史的な)ナイーヴさに対してである。それを単なる守旧的な反動と片づけるのではなく、この齟齬のもつ意味を十分吟味してみる必要があるだろう。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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