大学における英語で行う授業について - Blog (Before- & Afterimages)

大学における英語で行う授業について

これも東大内部での検討事項だが、あくまで個人的見解であり、一般性があるので公開する。
1.英語による授業の意義
なぜ英語で授業をやる必要があるのか。
【回答】
 積極的な意義としては、優秀な留学生をより幅広く迎え入れることを可能とし、彼らが日本人学生とともに英語で学ぶ環境により、日本人学生の英語運用能力向上や国際的視野の育成も期待される。当該分野の研究における国際的な共通言語が英語である場合には、国外の他大学や研究機関への留学や研究・教育交流の準備となる。
 必要という点から言えば、日本語ができない留学生(英語の非ネイティヴを含む)が参加している授業では英語を共通言語とせざるをえない。

2.英語による授業の条件
どういう条件が整ったとき、英語で授業をするのが適切か。
【回答】
 英語で授業を行なうことによって、日本語で授業する場合とほぼ同等の教育の質が保たれることが必須であろう。そのためには教員や学生の英語運用能力(とくに口頭でのコミュニケーション能力)が一定のレベルでなければならない。その場合に要求されるレベルは学問分野によってさまざまでありうる。
 だが、それに先立つ問題は、「教育の質」について、日本語の授業に関しても、今まで明確な達成目標を設定した評価が十分になされてきていない点にある。英語で授業を行なうということは、同じ分野で提供されている世界各国の英語の授業と同一のカテゴリーで評価を受けるようになることを意味する。したがって、大学の自己評価や日本国内の機関による評価ではなく、国際的なレベルで授業内容・方法の妥当性が問われることになろう。つまり、言うまでもなく、国際的に通用する授業の質が要求されるのである。
 そのような質は教員の能力や努力ばかりでなく、授業を支える教員以外のスタッフ(TAなど)や教室設備にも深く依存している。英語のネイティヴではない教員による英語の授業が、豊かな人的・設備的資源に支えられた米国の大学との競争関係に入るためには、十分な戦略的配慮が必要とされよう。
 そのための前提として、「英語による(専門分野の)授業」は「英語の授業(英語能力を育成する授業)」ではないのだから、そこで必要とされる非ネイティヴの教員や学生の英語運用能力のレベルについては柔軟に考えられてしかるべきだろう。また、同じ理由で、学生の英語運用能力を授業で必要とされる程度に育成する「英語の授業」を、「英語による専門分野の授業」とは切り離して設けるべきである。

3.部局・学問分野の特性
それぞれの部局、学問分野における特性と、英語での授業の関連は何か。
【回答】
 総合文化研究科の文系専攻に所属し、ドイツを中心とするヨーロッパの文化史・美術史および比較思想史を専門とする立場から、部局・学問分野における特性に関しては、『東京大学国際化白書(本編)』の次のような総括に要点は集約されていると考える。

「文系の多くの分野では、研究者コミュニティ及び研究の享受者が各国・地域ごとに形成されており、研究成果を発信する主要な言語も日本語や英語、その他の言語等、研究の文脈や研究の享受者に応じて異なる。また、研究成果を英語等の言語に翻訳し、研究成果を広めようとしても、研究課題やその背景・文脈が国や地域ごとに異なるため、単純な翻訳では足りず、大がかりな修正や多数の注釈を付加しなければいけないことが多い。他の言語に置き換えることが困難な概念を扱っている研究テーマも多い。さらに、英語を解しない研究の享受者も多くいるため、英語による発信が必ずしも有効でない場合もある。英語を解しない読者に専ら関連する研究も多い。」(第4章「東京大学の構成員の「国際化に関する意見と要望」」の「3. 「研究の国際化」に関する意見と要望」p.245)

 このような性格をもつ研究を行なう人文学研究者にとって、英語による教育もまた同じ問題を孕んでいる。例えば、基礎文献の多くが英語に訳されていない分野・テーマでは、上述のような「多数の注釈」を付加した翻訳をまず用意しなければならない。そのような準備作業に対する支援がないかぎりは、翻訳を必要としない(当該言語の運用能力のある)学生(留学生含む)のみに限定して授業を行なわざるをえない。
 人文学研究は多言語にわたるテクストの緻密な読解を基礎にしている。そこでは解釈の厳密性が問われるため、教員と学生との間でそうした緻密な解釈の差異を議論できる共通言語が不可欠である。非ネイティヴの学生を多く含んだ授業において、英語を共通言語として、そうした人文学研究の質が保証されるか否かは、慎重に吟味されるべき問題であろう。
 実際の授業について述べれば、現状のように日本人学生と若干の留学生(日本語能力あり)を対象とした講義ないし演習(学部後期課程および大学院)を英語で行なう必要性は今のところ存在していない。


4.今後の課題・政策
行動シナリオに則り、英語による授業を増やす場合、具体的にどのような措置をとるべきか。
【回答】
0)現状の正確な把握
 現在、英語で行なわれている授業について、学生の構成比率(日本人と留学生、英語ネイティヴと非ネイティヴ)、学生の理解度、担当教員の意見など、現状と問題点を総合的に把握する。
1)効率的・重点的な授業展開
 英語による授業を増やす意義(=東京大学としての戦略)に基づき、最も効率的な授業展開を計画する。留学生対策なのであれば、需要が最も見込める分野で英語による授業を増やし、対外的に積極的にその点を広報すべきである。その際には、当該分野での国際比較の視点から、授業の質について十分吟味すべきであろう。
2)授業の質を保証するシステムの整備
 英語による授業については、ただでさえ部局ごと担当者ごとにばらばらなシラバスの形式や評価方法を米国などの標準に合わせて規格化し、TAの配備をはじめとする支援体制を整えて、授業の質を保証する。教材・資料の英語化など、翻訳支援の体制も必要となろう。
3)授業担当者に求められる資質の明確化
 英語による授業が教育面では最も国際的な評価に晒される部分であることを認識し、特定分野については、英語圏の大学での教育経験を採用の条件とするなど、「英語による授業」担当を想定した人事を積極的に行なう。

5. その他留意すべき点(関係者へのヒアリング記録)略

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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