ジルベール・クラヴェルの日記から(1911年2月)(2) - Blog (Before- & Afterimages)

ジルベール・クラヴェルの日記から(1911年2月)(2)

 次の日の朝、ホスピスの食堂では活気のある議論が起きていた。年老いた婦人が朝食のテーブルのうえで夢中になって身ぶりを交えて話し、その熱中した口調のせいで、いつもならば打ち込まれた杭のように閉鎖的な距離を守っていたホスピスの客たちは、半ば飲みかけのカップを脇に押し退け、テーブルのうえに交差するように身を乗り出していた。元気のいい婦人は、その他の部分では動きのない顔のうえに、皺によってまさに怒りの大嵐を呼び起こしていた。感想や偏見、批判によって盛り上がった高潮が、経験豊かな眼からほとばしっていた。それらは鵜呑みにされ、即座に咀嚼された。語り手の言葉は、教会や美術館の訪問を忘れさせてしまうほどの印象を生み出した。フィレンツェは、いや、キリスト教ホスピスは、長らく待ち望まれていたような、噂話好きの巷と化していた。
「こんな無作法なこと」と老婦人は言い、その茶色い眼が眼鏡のガラスに突き当たった。「自分で経験しなければ信じられませんわ。一瞬たりともわたしは彼女から眼を離さなかったのに、ローザンヌでわたしたちがジュネーヴ行きの列車への接続を待っていたちょうどそのとき、彼女はわたしから離れ、線路を横切って走り、野蛮そうに見える男を出迎えて、わたしは気づかなかったけれど、その男は彼女にウィンクをしていたらしいんですよ。」
 「まったく恐ろしいことですわね」と痩せた英国人女性が言った。彼女は60がらみにもかかわらず、灰色の髪に赤いヘアバンドを着けていた。「ほとんど革命の陰謀か何かが関係していたみたいじゃありませんか。」
 「それは違うわ」と老婦人はやんわりと否定した。「急行列車は彼女を轢きかねなかったんですよ。彼女がわたしの視界から消えたとき、その列車は轟音を立てて駅に進入してきたのですから。」
 「でも、あなたは彼女を厳しく叱ったのですよね」と太ったドイツ人の牧師夫人が言い、手持ちの片眼鏡の下で、額に山形の皺を寄せた。
 「もちろん」と老婦人は答え、指でこつこつと叩いた。「わたしは非難の言葉を用意していたのですけれど、彼女が駅員に捕まえられて連れてこられたとき、わたしはまったく途方に暮れてしまって、とりとめもないことを喋り、一方で彼女のほうは、わたしを大きな眼でじっと見つめていました。」
 この予期せぬ打ち明け話によって、一瞬のあいだ、沈黙が支配した。その発言は検討され、吟味され、判決を下された。明らかに老婦人には使命を果たすだけの力がなかったのである。
 灰色の髭をした学校教師──その赤らんだ皺の寄った首は低い襟のなかに埋もれていた──はため息をついた。「しかし、厄介な責任をともなうものですな、若い娘というのは。」
 「革命家の女性はね」と牧師夫人が付け加えた。
 「ひょっとしてこの恐ろしい女の子は監獄かシベリアから脱走してきたのじゃないかしら。彼女の素性について何かご存じですか。」英国人女性の鼻は今や弓矢のように老婦人に向けられたので、彼女にはそのキリスト教徒としての義務感や率直さがだんだん厭わしく感じられてきた・・・。
 「それについては何も詳しく知りません。けれど、あの哀れな娘はつらいことをたくさんくぐり抜けてきたように思えます。」
 ホスピスの女性管理人が食器を片づけはじめた。彼女は老婦人からカップとスプーンを取り上げた。この女性はそれらで自分自身に対して自分自身を同時に守っていたのだが。
 あれほど熱心に始めたのに、今や老婦人はまったく放心の態なので、牧師夫人が思い切って一石を投じた。「あなたがこんな子のような疑わしい人物と一緒に旅する決心ができたなんて、信じられないことだわ。」
 この瞬間、ドアが開いた。若い娘が入ってきて、あたりを見まわし、老婦人の隣に黙って座った。
 牧師夫人の話は唐突に断ち切られた。彼女は困惑しながら、きゅっと結んだ唇に舌を押し当て、大きなブローチを手でいじり回すことで、何らかの結末を探した。彼女は咳払いをしたが、それを見出すことはなかった。彼女のモラルの結末を。
 彼女に向かい合って、二つの大きな、落ち着いた眼が輝いており、それを前にすると、牧師夫人の視線は沈み込み、自分や同席者たちを支配している気まずい沈黙を克服することが彼女にはできなかった。
 ホスピスの女性管理人が再び皿をいくつか片づけた。とうとう誰かが時計に手をやった。教授は自分の行く博物館の名を口にした。その場の人々は、黙ったまま会釈して、散り散りに別れた。(続く)

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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