数日後、ホスピスは死に絶えたかのようだった。そこはどんよりと、枯れ果てた秋の庭のなかに見捨てられて、活動を停止していた。葉の落ちたプラタナスが真っ直ぐな道に立ち並び、風が枯れ枝から最後の葉を情け容赦なくむしり取っていた。青い煙のようにかすかな霧が立ち上り、色彩のない薄明へと移行していった。窓ガラスに雨が弱々しく打ち付けていたが、あたかも指先が触れたかのようで、その音はほとんど聴き取れなかった。
その娘は再び薄明のなか、僕の前に座っていた。僕らは互いのことをほとんど知らなかった。僕は子供のように彼女に話しかけ、彼女の身近にいる自分を感じた。
「君はロシア人なの?」
彼女はうなずき、足をほんの少し動かした。そして微笑んだ。「女性革命家。わたしが誰かは、ほかの人のほうがよく知っていたわ。」
「何もかも聞いていたよ」と僕は答えた。
「それであなたはわたしをどうお思いになって?」
「彼らのお喋りはどうだって良かったんだ。だって、僕は君のことをもう知っていたんだから。」
「あなたが?」
「そう。」
「でも、わたしたち、話したことはなかったわ。」
「確かにそうだ。あれは今晩のような夕闇のなかだった。窓ガラスから光が差し込んでいて、君の両手だけが見えた。」
「奇妙な様子だったに違いないわ。」彼女は両目のうえを撫でた。「たぶんわたしは故郷にいたのだわ。自分の国のことを考えると、ひどくぼんやりしてしまうことが多いの。大草原[ステップ]はお好き?」
「僕が知っているのは砂漠だけだよ。そして砂漠は広く、無限だ。そこは静かで人を寄せ付けないけれど、夢をもたらしてくれる。」
「その通り。海もそうだわ。海も似た感情を引き起こしてくれる」とアージア(Asia)は言った。そう、それがこの娘の名だった。
彼女の大きくて黒い眼が突然輝き、僕は驟雨を浴びたように、彼女の物腰に宿る異質さを感じ取った。
外では雨が窓ガラスを打ち、風が隙間から吹きこんでいた。誰かが部屋を横切ったかのように、ドアが自然に開いた。
「君は最初にどこで海を見たの?」と僕は軽く聞いた。
アージアは青ざめた顔をうなだれた。「実際に眼にしたことはないの。ステップがザワザワと音を立てるのを聞いたとき、想像のなかでだけ。」
彼女は両目を閉じた。暗い部屋は静かだった。僕らのほかには風と雨だけだった。
そして再び、彼女の内面から灯りのような何かが輝いた。
「明日わたしは出発するの。明日、なんて嬉しいことでしょう。」彼女はふところで両手を強く合わせた。頭を振り、笑った。僕ははじめて、白くて鋭い歯が輝くのを見た。
「ロシアに戻るの?」と僕は尋ね、彼女がそんなに喜んでいるのを侮辱のように感じた。
彼女の表情は再びまったく平静だった。「いいえ,違うわ、南へ、ナポリへ旅行するの。」
僕は無関心な様子に見えてほしいと思った。自分が彼女をどう感じているのか、僕は彼女に悟られたくなかった。
だから僕はほとんど関心のなさそうなそぶりで言った。「それじゃあ、僕らはそこで会うね。」
彼女はびっくりして僕を見つめた。
彼女の表情は、問いとも答えともつかぬ、まったく曖昧なものだった。その小鼻はぴくぴくと動いた。(了)
その娘は再び薄明のなか、僕の前に座っていた。僕らは互いのことをほとんど知らなかった。僕は子供のように彼女に話しかけ、彼女の身近にいる自分を感じた。
「君はロシア人なの?」
彼女はうなずき、足をほんの少し動かした。そして微笑んだ。「女性革命家。わたしが誰かは、ほかの人のほうがよく知っていたわ。」
「何もかも聞いていたよ」と僕は答えた。
「それであなたはわたしをどうお思いになって?」
「彼らのお喋りはどうだって良かったんだ。だって、僕は君のことをもう知っていたんだから。」
「あなたが?」
「そう。」
「でも、わたしたち、話したことはなかったわ。」
「確かにそうだ。あれは今晩のような夕闇のなかだった。窓ガラスから光が差し込んでいて、君の両手だけが見えた。」
「奇妙な様子だったに違いないわ。」彼女は両目のうえを撫でた。「たぶんわたしは故郷にいたのだわ。自分の国のことを考えると、ひどくぼんやりしてしまうことが多いの。大草原[ステップ]はお好き?」
「僕が知っているのは砂漠だけだよ。そして砂漠は広く、無限だ。そこは静かで人を寄せ付けないけれど、夢をもたらしてくれる。」
「その通り。海もそうだわ。海も似た感情を引き起こしてくれる」とアージア(Asia)は言った。そう、それがこの娘の名だった。
彼女の大きくて黒い眼が突然輝き、僕は驟雨を浴びたように、彼女の物腰に宿る異質さを感じ取った。
外では雨が窓ガラスを打ち、風が隙間から吹きこんでいた。誰かが部屋を横切ったかのように、ドアが自然に開いた。
「君は最初にどこで海を見たの?」と僕は軽く聞いた。
アージアは青ざめた顔をうなだれた。「実際に眼にしたことはないの。ステップがザワザワと音を立てるのを聞いたとき、想像のなかでだけ。」
彼女は両目を閉じた。暗い部屋は静かだった。僕らのほかには風と雨だけだった。
そして再び、彼女の内面から灯りのような何かが輝いた。
「明日わたしは出発するの。明日、なんて嬉しいことでしょう。」彼女はふところで両手を強く合わせた。頭を振り、笑った。僕ははじめて、白くて鋭い歯が輝くのを見た。
「ロシアに戻るの?」と僕は尋ね、彼女がそんなに喜んでいるのを侮辱のように感じた。
彼女の表情は再びまったく平静だった。「いいえ,違うわ、南へ、ナポリへ旅行するの。」
僕は無関心な様子に見えてほしいと思った。自分が彼女をどう感じているのか、僕は彼女に悟られたくなかった。
だから僕はほとんど関心のなさそうなそぶりで言った。「それじゃあ、僕らはそこで会うね。」
彼女はびっくりして僕を見つめた。
彼女の表情は、問いとも答えともつかぬ、まったく曖昧なものだった。その小鼻はぴくぴくと動いた。(了)









