Blog (Before- & Afterimages): 2011年6月アーカイブ

2011年6月アーカイブ

鳥のさえずり──震災と宮沢賢治bot

『ユリイカ』に寄稿しました。

書誌情報は
田中純「鳥のさえずり──震災と宮沢賢治bot」、『ユリイカ』第43巻第8号(2011年7月号「宮沢賢治──東北、大地と祈り」)、青土社、2011年、85〜91頁。

末尾にはこう書いた。

 だが、と最後に急いで付け加えなければならないが、ここには何か恐ろしく不吉なものがある。それは、賢治の見た「二つの風景」(「春と修羅」)、現実空間と異次元の詩的空間とが二重化した場処に孕まれた危うさへの予感だろうか。死に魅入られたこの空間を満たす「水いろ」の透明な情炎、あるいは透明性へのあまりに「まつすぐ」な情炎の禍々しさ。宗教と科学技術とを最先端の過激さで交わらせようとした賢治の想像力が、その切っ先で煌めかせた不穏な何ものかの到来の兆しを、震災後の危機と賢治botとの遭遇、そしてそこに生じたシンクロニシティに認めたことを末尾にこうして記すのみで、この短い「心象スケツチ」めいた記述は閉ざさなければならない。

 テクストでは触れなかったが、この禍々しささえ帯びた透明性への情炎には、ファシストのための「ガラスの家」であるカーサ・デル・ファッショを建てたイタリア・ファシズムの建築家、ジュゼッペ・テラーニの「汚れなきファシズム」を連想した(拙著『政治の美学』のテラーニ論参照)。
以下、備忘のため。 

歴史の無気味さ

『現代思想』に寄稿しました。
書誌情報は
田中純「歴史の無気味さ──堀田善衞『方丈記私記』」、『現代思想』7月臨時増刊号「震災以後を生きるための50冊」、青土社、2011年、226〜229頁。

 「閻魔様の前を散歩してゐるやうな気持ちだ」──そんな呟きが記憶に甦った。敗戦前後の上海にいた二七歳の青年堀田善衞が、いわば「地獄めぐり」の日々を綴った日記(『堀田善衞 上海日記』)の一節である。堀田は、内戦に向かうこの地に一年以上もとどまり、そこでしか目撃できない何かを徹底して見届けようとしていた。
 この呟きの記憶に導かれて、堀田の『方丈記私記』を手に取った。鴨長明の生きた時代とおのれの経験した戦争末期という、二つの乱世に向けたこの作家のまなざしを、そこで確認したかったのである。
・・・・・・
 「歴史」と化した方丈の、「なんと莫迦げた」無気味さよ。だが、この極小の栖(すみか)こそが、震災以後の危機に徹底して冷徹なまなざしを向けようとする思想にとって、最後の拠り所のひとつとなりうるように思われる。

多木浩二さん追悼

追悼文として多木浩二論を寄稿しました。

田中純「歴史空間の航海者」、10+1 web site、「特集:追悼:多木浩二」、2011年。
URL=http://10plus1.jp/monthly/2011/06/tanaka.php

この特集にはほかに、八束はじめさんと大澤真幸さんが寄稿しています。

希望の寓意

『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第24回です。
書誌情報は
田中純「希望の寓意──「パンドラの匣」と「歴史の天使」」、『UP』464号(2011年6月号)、東京大学出版会、2011年、42〜48頁。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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