『建築のエロティシズム』「はじめに」冒頭 - Blog (Before- & Afterimages)

『建築のエロティシズム』「はじめに」冒頭

 本書の登場人物のひとり、建築家アドルフ・ロースは、ヴィーンの街を歩き回っては、「建築家は最大の犯罪者だ!」と口癖のようにつぶやいたという。「装飾と犯罪」は彼の代表的なエッセイである。本書は、このロースが生きた一九世紀末から二〇世紀初頭の世紀転換期ヴィーンをおもな舞台に、「装飾」がそこで担った意味の分析を通じて、近代建築のエロティシズムを考察した試みである。

 世紀転換期ヴィーンは、建築・芸術・思想ばかりではなく、例えばシオニズムや反ユダヤ主義といった政治運動の面でも、その後のヨーロッパの歴史に大きな影響を残したエポックだった。そして、この時代を特徴づけるキーワードが「装飾」なのである。

 装飾論とは言っても、話題は建築や美術のみにはとどまらない。過激な反フェミニストが登場する一方、フロイトの精神分析は一種の装飾の記号論として解読される。哲学者ヴィトゲンシュタインやプラハの作家カフカも、建築家ないし機械技師として俎上に載せられる。そして、建築家の言葉や建築作品は領域横断的に、こうした思想家・作家・芸術家たちとのネットワークの内部に位置づけられることになる。それによって、20世紀以降の建築のみならず、現代の美的なエロティシズムを決定づけた、装飾的なるものの運命を浮かび上がらせることが、本書の目論見にほかならない。

 建築を成り立たせているものは、物体であり空間であると同時に論理である。そして、性欲ではなくエロティシズムを生み出すのは、論理以外の何ものでもない。だから、建築のエロティシズムはその論理にこそ宿る。「近代建築のエロティシズム」とは、従って、エロティシズムの近代的な論理と言い換えてもよい。

 ここで話題にしたいのは徹底して、建築のこの論理的な官能性だけである。それは機能性や経済性や社会性に逆らって噴出してしまうような何かだ。興味があるのはいわば犯罪者だけなのである。そして、ロースもまた、いや、ロースこそは実はきわめて危険で犯罪者めいた、エロス的人間にほかならなかった。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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