『職業としてのディレッタンティズム』 - Blog (Before- & Afterimages)

『職業としてのディレッタンティズム』

ベルリン文学・文化研究センターのシンポジウムで御用達のようにして本を売っていた出版社KADMOSのラインナップから、テーマが気になったので買った1冊、『職業としてのディレッタント』(ドイツ語原書)。
二人の編者Safia AzzouniとUwe Wirthによる序文ではまず、芸術においては無か巨匠であるかのいずれかしかないが、学問においては少なくともひとつの分野の専門家であるとともに、総合的な視野をもち、できうるかぎり多くの分野でディレッタントとなる可能性がある、というブルクハルトの言葉が引かれている。18世紀まで「ディレッタント」に今日のようなネガティヴな意味合いはなかった。それが19世紀における学問の専門化とともに変わり、真剣であるべき事柄を面白半分に論じる好事家といった批判的なニュアンスをもつようになる。ブルクハルトはそんな貶められたディレッタント概念をもう一度肯定的に用いようとしている。

編者たちは議論の大枠として、専門家、素人、ディレッタントの関係を次のように定める。専門家はその知識や方法のみならず、学問ないし芸術の共同体の一員であるという制度的な立場によって規定される。素人とは非専門家であり、啓蒙の対象であると同時に、専門家が依存する経済的・政治的な巨大集団である。ディレッタントはこの両者の境界に位置する。ディレッタントには知識があり、知的探究を好んでいるが、学問的・芸術的共同体の一員とは認められていない。しかし、にもかかわらず、ディレッタントは芸術や学問において創造的でありうる。共同体の一員ではないのだから、その活動はまずは私的なものとして始められる。ディレッタントの重要性は、専門化が進行するに連れて高まってゆく。「ディレッタントは専門家ほど学問分野の境界を真剣に考えないことによって、知のさまざまな領域の文化を結びつける。その限りで、ディレッタントは、作品制作上や認識論的な意味でのディシプリンの無さの特別な形態を特徴としている。」しかし、専門への特化が良しとされる現代において、ディレッタントであることは現実的には避けられるべきものと見なされている。そこで本書では「ディレッタンティズム」と「[天命としての]職業(Beruf)」は結びつきえないものなのかどうかが考察されることになる。

タイトルは言うまでもなくマックス・ヴェーバーの『職業としての学問』をもじっている。編者のひとりであるUwe Wirthの論文「ディレッタント的な推測(Dilettantische Konjekturen)」では、冒頭でヴェーバーの同書が引用される。それは写本のある箇所をどう判読するかという一点に全身全霊を賭ける情熱のない者は学問には無縁である、という一節だ。著者が注目するのは、ヴェーバーが職業としての学者に必要不可欠としているこの「情熱的な判読=推定」である。しかし、情熱とはゲーテやシラーにおいてディレッタントの特徴とされていたものだった。では、ヴェーバーはどんな情熱を良しとするのか。彼の答えは、その情熱が学問の対象に人生を捧げるほどのものであるかぎりでは、というものだ。パッションとしての学問。

実はヴェーバーが情熱を位置づけているのは学問の入り口においてである。それは学術的な成果を保証するものではない。そのために決定的なのは「霊感(Eingebung)」である。ヴェーバーはこの単語を「思いつき(Einfall)」と同義語として使っている。その成果が「判読=推定(Konjektur)」なのだ。

「判読=推定(Konjektur)」はそもそも写本の欠落箇所を埋める要素を推測することを意味した。つまりそこでは、欠落している何かが「いまだ把握されていないもの」から見出されなければならず、欠落した箇所から「いまだ把握されていないもの」が把握されなければならない。そこには占いにも似た営みがある。同じようなダイナミズムは「思いつき」にもある。それは「閃き」であり、雷光のように襲う。C.S.パースもこの閃きに注目し、「abductive suggestion」を「conjecture」と称している。そこにはカイロス的な時間性がある。それはどんな時に浮かぶかわからない。ヴェーバーは、しかし、そうした劃期的な閃きが生まれる背後には情熱的な問いかけの長い時間があるものだと言う。しっかりした仕事の大地の上に立ってこそ、閃きは生まれる──「確かに、つねにそうとは限らないとしても。」

この点にディレッタントが関わってくる。ヴェーバーも、ディレッタントの閃きが専門家のそれと同程度の重要性をもつ場合があることを認める。ディレッタントを専門家から区別するのは、しっかりした確実な方法をもたないという点だ。それゆえに閃きはその重要性に見合った展開がなされないで終わってしまう。厳密な方法による検証に耐えられないという点で、それは専門的な知とは見なされない。

19世紀の自然科学的な言説についても精神科学・文献学的な言説についても次のことが言える。自身の推測や仮説を方法的に検証できるように表現できる状況にない者、「ディシプリンのマトリックス」の枠内で確実に行動できるすべを知らない者は、専門家からなる学問の世界において、ディレッタントの烙印を押され──排除されてしまうのである。
問題は確固たる学問的方法のみが閃きを生むとは限らない点にある。むしろ、誤った前提や偶然でさえもが発見の契機になる。そうした発見をもたらす推測のプロセスと学問的に正当な検証の手続きとは論理が異なる。専門的な方法による検証に応じた問題領域の特殊化、局限化によって生み出されるのがいわゆる「通常科学的パラダイム」である。エルンスト・マッハによれば、「あらゆる職業には固有の概念がある」のであり、その職業の専門家同士でなければわかりあえないとされる。

論者はここで、Ludwig Fleckの考察を手がかりに、「相対的ディレッタント」という立場の可能性を指摘する。それは専門家集団の一員なのだが(この立場は「一般的専門家」と呼ばれる)、ある特定の狭い領域については部外者である。この場合、彼/彼女はその特定領域については「相対的ディレッタント」であるということになる。

わたしのテーゼは次のようなものだ。「一般的専門家」は、同時に相対的ディレッタントなのだから、外部と内部の境界という特別な立場を有している。この二重の立場ゆえに、彼らは相対的ディレッタントとして、(...中略...)二つの特殊化された思考様式を媒介し、状況によっては、思考の「特別な境界領域の様式」を発展させたり試したりできる境遇にある。

このように境界において、境界戯れる点にこそ、論者が「ディレッタント的装置(ディスポジティフ)」と呼ぼうとするものの特徴がある。それはディレッタントと専門家とのあいだで展開される、学術研究のポリティクスにおける権力ゲームだ。そこにおいて、真理追求を制度化し専門化することを目指す「真理をめぐる言説」のエコノミーが制御される。このゲームが規律化されることを通じて「専門」という知的領域が形成される。

専門家的装置が境界設定による内外の区別の監視に向かうとすれば、ディレッタント的装置は知的空間の開放を志向し、いまだ境界で定義されていない空間内を動き、既存の境界を無視し、あるいはそれらをずらすことを目指す。それはフロンティアの思考だ。ディレッタント的装置は移行の論理であり、非方法的な触診やブリコラージュの論理である。専門家的装置がたどるべき道をあらかじめ設定するのに対して、ディレッタント的装置は知の空間にノマド的運動を導入する。

論者は、ヴェーバーが強調したような「方法の堅固な確実性」は、多様化と学際化の今日になお有効だろうか、と問いかける。本書そのものが属する文化科学のあり方への問いがその背景にはある。結論として、ある分野の専門家であったうえで、幅広い領域におけるディレッタント(相対的ディレッタント)となることにより、視野狭窄を回避するというブルクハルトの教えが参照され、「境界上を、あるいはみずからの専門領域の境界を越えて彷徨することへの勇気」こそが学問的な生産性につながると説かれて、この論文は締め括られる。

妥当な結論だろうが、穏当すぎる印象が否めない。ディレッタントの立場は孤立や疎外、場合によってはそこに由来する狂気の危険と隣り合わせだからだ(厳密な学としての文献学から逸脱したニーチェや専門家集団の外部におのれの学術領域を形成したヴァールブルク、ついに大学には居場所を得られずに困窮のなかで死んだパースの例)。そんなに呑気な立場ではないのである。「相対的ディレッタントが生産的」という主張も、その生産性は結局のところ、ディレッタント的装置を利用しておのれの刷新を図る専門家的装置の側からの価値評価ではないのか。つまり、最後で説かれる「勇気」とは、あくまで専門家について、限定的に要求される勇気なのである。それが「相対的ディレッタント」であるかぎり、専門家集団から排斥される可能性までは見越していない。学問的な「正気」と「狂気」の「境界」は問題にされていない。

ブルクハルトの引用に立ち返ることで論考が終えられていることは示唆的である。それは円熟した知性の教訓として真理を語っている。だが、ブルクハルトが説く中庸の美徳を、ある危険性の回避と読むことも可能だろう。どんな危険性か。それはニーチェが教えている。ヴァールブルクはまさにこの二人の差異についてこう語っていた(拙著『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』より)。

ヴァールブルクはブルクハルトを古代ゲルマンの女予言者ウェレダに譬える。タキトゥスが『歴史』で伝えているところでは、ウェレダは非常に高い塔のなかに隠れて暮らしていたという。一方のニーチェは、自分の服を引き裂きながら往来を走り、苦悶の叫び声を上げて人びとを従えてゆく古代の預言者(ナビ)である。バーゼルというゲルマン的伝統とローマ的伝統との境界領域で出会ったこの二人にヴァールプルクは、異なるタイプの原始的見者が対立しているさまを見る。ここで問題なのはそれぞれのタイプの見者が「天命(Beruf) 」の与える震撼に耐えられるかどうかである。ニーチェはそれを「叫び(Ruf) 」に変え、その叫び声に対する反響の欠如によって破滅してゆく。破壊の魔の無気味な吐息を感じて塔に逃げ込むブルクハルトと、その魔物と手を握ろうとするニーチェ──
「天命(Beruf)としてのディレッタンティズム」──それは学問の生産性のために勇気をもってなされるべき選択などではなく、むしろ宿命であろう。

極端な例であることは承知している。このようにぎりぎりの「境界領域」に身を置くことまでは想定しないとしても、この論集そのものはまっとうな文化科学の論文集であり、いささかまっとうすぎて、ディレッタンティズムを感じることはなかった。そもそも、ディレッタンティズムに論文集という形式は馴染まないように思う。ディレッタントがブリコラージュによって制作する以上、それは横並びの平準化には逆らうからだ。

翻って考えれば、シンポジウムやワークショップの成果として刊行される論文集の流行は、人文学において一種の平準化装置として機能しているのではないだろうか。本来実利に結びつかないような分野まで、制度的に資金を得やすいテーマ設定(現実的な基盤がない以上、それは往々にして時代時代のイデオロギーに沿ったものでしかない)で論者を集め、さも実体があるかのように研究が蓄積されるという、「専門家的装置」による「真理の生産」。このシステムが、有能な学者を有能な官僚と化し、ディレッタント的な(危険な)「遊び」の余地をむしろ狭めているように思われてならない。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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