『思想』のフリードリヒ・キットラー追悼 - Blog (Before- & Afterimages)

『思想』のフリードリヒ・キットラー追悼

昨日届いた『思想』のフリードリヒ・キットラー追悼特集。3人の日本人研究者による追悼文のほか、キットラー自身によるニクラス・ルーマンの追悼文「ベルリン動物園は、一体まだあるのかね?」を所収。キットラーのテクストは含みが多くて難解だが、いろいろ考えさせられる。タイトルは「ベルリン動物園」駅でのキットラーとルーマンとの会話のなかで、ルーマンが尋ねた言葉、「それはまだあるのか」と。「一体」と訳されているeigentlichのニュアンスは「そもそも」だから、「ベルリン動物園」駅に二人していながら、「そもそも」「ベルリン動物園」などというものはまだあるのだろうか、と。存在と無のあいだで宙吊りにされる場所の名前。

この追悼文は、ルーマンをめぐるいくつもの小さな物語(この場合、キットラーの聴き取ったオーラル・ヒストリー)から織りなされた、きわめて巧みな語りの産物と言えるだろう。虚々実々なその語りのなかに、同時代知識人たちの姿が立ち現われては消え、たとえばハーバーマスやズーアカンプ社への遠回しの揶揄が織り込まれる。物語作者としてのキットラー。訳者である旧友・大宮勘一郎氏がいかにも好みそうなテクストでもある。優れたベンヤミン論の書き手である大宮氏がとりわけ好んでいた「物語作者」の一節(ヘロドトスが語る敗残のエジプト王プサンメニトスの話)を思い出す。ベンヤミンは「物語」なるものを、遠い歳月ののちにも発芽し生長しうる、ピラミッドの密室内の穀物の種子に譬えた。ベンヤミンの言葉を引こう──

「情報は、それがまだ新しい短い瞬間に、その報酬を受けとってしまっている。情報はただこの瞬間にのみ生き、自己を完全にこの瞬間にゆだね、時をおかずに説明されねばならない。物語はまったく違う。物語は消耗しつくされることがない。自己の力を集めて蓄えておき、長時間ののちにもまだ展開することが可能なのだ。」(高木久雄・佐藤康彦訳)

そして、このとき、ある直感が訪れる。──追悼が死者を不滅のものとする営みであるならば、追悼文は幾度も再生する「ピラミッドの密室内の穀物の種子」としての「物語」を孕むのではないか。ルーマンはキットラーの語る物語を通して、そんな種子としての「死後の生」を与えられたのだ。そして、今、キットラーもまた。
──不死なる者たちよ。

大宮氏はその追悼文の末尾で、キットラーの著書に献呈の日付を書き入れてもらった際の、ある錯誤行為の思い出を記している。キットラーはドイツ語の慣用である「日・月・年」の順で 8.5.1945 と書きこんだのである。これは、連合国に対するドイツの無条件降伏の日付だ。大宮氏がその錯誤行為を指摘すると、笑みを投げ返すと、事もなげに、/2001と書き足したという。8.5.1945/2001──彼の著書『書きこみのシステム1800/1900』を連想させるスラッシュ。「シボレート」(ツェラン/デリダ)としての日付。この日付は、ほとんど極小の姿となった、あの物語という種子ではなかろうか。大宮氏はその追悼文の末尾に、この物語の種子を反復し展開するようにして、こう記している。──(8.12.1941/2011)。

「シボレート(合言葉)」として書きつけられたこの極小の物語に、不死の者たちの世界へ立ち去ろうとする人に向けた、忘れがたい別れの身振りを見た。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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