「1996年度アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」展サロントークの記録 - Blog (Before- & Afterimages)

「1996年度アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」展サロントークの記録

過去の書類のデータを発掘していたら、「1996年度アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」展の終了後に行なわれたサロントーク用の下書きが出てきた。このサロントークの記録は雑誌に掲載されているはずだが、たぶん抜粋されているので、ここにそのままのかたちで残しておきたい。


不快さについて
まず、私が現在感じている〈居心地の悪さ〉あるいは〈場違いな不快さ〉についてお話したいと思います。もっとも僕はこの不快さに執着してしまう、不快さを快感にしてしまうという性癖があり、ネガティヴな意味でいうわけではありません。この居心地の悪さはどうも、この展覧会が、そしてわれわれが置かれている、何重にも錯綜した表象=代表=代理関係に由来するようです。この場はきわめて政治的な場であるわけです。まず第一に、この展覧会は建築主要5団体の主催という形をとり、実行委員会にその代表が参加していることからも、この5団体の意思を表象することが求められている。それに多くの企業からの協賛も得ている。「アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー1996」というタイトルからは、これが1996年の日本の建築、建築界をいささかは表象=代表することが求められているといえる。
さらに今年度のプロデューサーである磯崎さんの企画意図を、キュレーターは ─ 毛沢東に対する紅衛兵のようにというべきでしょうか ─ 代理表現することが要求されていた。しかもテーマが建築史ですから、話は建築をどのように言説やインスタレーションによって表象するか、というものになる。それに加えて、フランス革命のセクションの場合、展示構成そのものは五十嵐太郎さんや槌橋さんをはじめとするノベンバーの皆さんが手がけてくれたわけで、このセクションのキュレーターという私の立場は代理・代表、象徴的なものでしかない。「磯崎新の革命遊戯」に編者として私の名があがっていますが、これも表象=代理的なものです。
代理=表象関係が重複しているために、展覧会およびこのセクションのオリジナルな作者は確定できない。われわれは、というよりも僕は、そんな不在の場所を、今はここに座ることによって仮に埋めているにすぎない。展覧会だって、まあ、なりゆきで出来上がった部分もあるわけです。それに僕は別に磯崎さんの紅衛兵ではないけれども、かといって磯崎さんと戦おうという気もなかった。所詮、政治的な代理=表象の網目にわれわれはからめとられているわけで、そのなかでどんなゲームができるかが問題だった。建築5団体や日本の建築界を代表する能力もありませんので。政治的な委託を必然的に裏切ってしまうことになるわけです。
そもそも三宅さんに声をかけていただいて実行委員になって、僕がここにいること自体、降ってわいたアクシデントに他ならない。僕は建築業界に対しても、建築史の世界に対しても門外漢で、一人のドイツ文化研究者にすぎません。業界や学界内部の政治的権力関係とは無縁でいられるわけです。ダニエル・リベスキンドやミースをテーマにして、〈建築の不可能性〉あるいは〈不可能な建築〉という観念ばかりをひたすら論じてきた僕のような人間が、「アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」に関わるというのも世紀末的な状況というべきでしょうか。
建築諸団体主催の「アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」と銘打たれた展覧会ということで、一般の来場者の方には、とまどいもあるようですね。自分の抱いていた建築のイメージと違う、あるいは自分の考えていた建築展覧会というイメージと違うというわけです。いきおい、常識的な意味での展覧会として受容しやすい展示物には一般的な関心が集中することになる。けれど、僕はとまどいや違和感こそ生産的であると思いますね。500円という入場料(ところで学生無料というところも含めて、この料金設定も微妙なところですが)に見合うだけの〈もの〉、〈展示物〉を見ようとする、つまりもとを取ろうというのが人情ですし、19世紀以来形成されてきた展覧会や博物館の制度ですから、不満に感じる人もいるかもしれません。しかし、これは磯崎さんがどこかでおっしゃったように、〈問いかけ〉としてのイベントなわけです。巨大な〈問い〉の所在、これまでの建築をめぐる思考とは少しでも異質な〈問い〉という観念との出会いの場として、とまどいや違和感を生産することが必要ではないか。〈もの〉の貧しさは観念の過剰さと矛盾しません。

まあ、いずれにしても、このゲームで僕がしたかったことは建築史という〈知〉あるいは〈観念〉のアーカイヴ、情報のデータベースを展示=表象することで、そこで思いついたことは4つあります。まず第一に、ベンヤミンが論じたような情報空間としてのパサージュを形づくること、第2は文字だけで構成される壁を作ること、第3にインターネットによる展覧会たち上げの同時中継、第4にカタログの充実です。
まず第一のこのパサージュの空間にはさらに〈カメラ・オブスキュラとしての茶室〉というバロック的な表象空間の構造模型が重ね合わされることになりました。こうした構造は韓さんによって会場構成として見事にまとめられ、中央に、最奥の空間でありながら、外部の無限の知の世界へと通じている書物の間、つまりベンヤミンあるいはドゥルーズ的な〈ひだ〉の空間として、磯崎さんの蔵書の四畳半が作られたわけです。今思うに、こうした構造を循環させるためには、ここはやはり、完全にオープンに、書物を誰もが手にとって読める状態であるべきだったと思います。ガラスによって閉ざされたことで、ショーウィンドーに飾られた商品のように、われわれの欲望を喚起するという予想外の効果はでていましたけれども。しかしそれは結局、19世紀的な博物館・博覧会的な展示です。
第2の文字だけで構成される言説の部屋、ディスクールの部屋はご覧の通りの圧倒的な文字によって取り囲まれた空間となりました。ちなみに会場では簡単なアンケートを実施しているのですが、そのなかに「この部屋であまりの言葉の多さに気持ちが悪くなった、不快になった」という感想があったんですね。不快感とか眩暈とか、こういう身体的な反応こそ、僕が求めていたものです。文字はもとより、観念はつねにきわめて物質的なものです。この展覧会を観念的だという一言で批判する意見もアンケートにありましたが、僕はむしろ十分観念的でなかったと思いますね。〈建築〉という観念の物質性がそこで身体的に出会われていないということです。磯崎さんの蔵書によって寓意的に表したかったものは、そんな観念の物質性です。〈もの〉としてそこにないにもかかわらず、大文字の建築、あるいは括弧付きの〈建築〉は建築家にとってリアルに実在している。そんな形無きものとの遭遇を身をもって体験してほしい。アンケートに対して、匿名の建築家の方が(いつものことながら批判するのは匿名の人なのですが)「こうした言説は見慣れたものばかり」という感想を書いていましたが、例えば磯崎さんの蔵書量に見合うだけの〈建築〉という観念との徹底した格闘をその人が展開しているのか、僕は問いただしてみたいですね。本をたくさん読めばいいというものではないにしても、観念との格闘は観念的な格闘ではなく、肉体的なバトルであるし、量は質に転じ、観念は物質化して肉体化するわけです。
第3のインターネットについては、僕が自分の大学の環境を使って、あくまで非公式的におこないました。8月下旬から英語版、日本語版の紹介ページを作り、現在までにそれぞれ2000〜2500のアクセスがあります。いくつかのメッセージも海外から送られてきています。ただ、これは反省事項ですが、日本語版よりも英語版の情報を優先して充実させるべきであったと思っています。僕が時間的にも能力的にも限界があり、お忙しい皆さんにお願いするのも翻訳などを外注するのも難しく、なかなか実現が困難でした。同じく、言説の部屋も日本語だけでなく、英語などによる表現も使うべきだったかもしれません。いずれにせよ、インターネットというメディアは地理的遠方とダイレクトにつながる点に意味があるので、伝達手段としての言語の問題がネックであると感じます。
第4のカタログ、というか「磯崎新の革命遊戯」という書物については、過剰なほど、情報を詰め込んだものになっていると思います。これについてはあれこれいうよりも読んでいただきたい。ただ、これについてもインターネットと同じく、英語版あるいは英語のサマリーが必要であったと思います。ホームページ上にはこの展覧会の記録をずっと残しますので、そこに英文のカタログ内容案内を掲載するつもりです。

インターネットにしろ、書物にしろ、展覧会の表象=代理という形をとっているわけですが、実のところ、展覧会がオリジナルで書物やインターネットがそのコピーという単純な関係にはなっていない。書物は展覧会を模倣しつつ、つまりもどきつつ、それ以上であり、そこには差異がある。むしろコンフリクトがあるとさえ言っていいかもしれない。書物自体、展覧会の内部にさえ、磯崎さんとキュレーター、あるいはキュレーター内部、書物の論文相互の間に際だった差異とコンフリクトがある。その差異そのものとして立ち上がってくるのが、〈建築〉という観念であるといえるでしょうか。ですからその観念はなんら自己同一的なものではなくて、ジョーカーに似た変幻自在な千変万化する切り札であるのかもしれません。われわれはそれに振り回されているのかもしれません。この展覧会という表象、代表、代理の悪循環的なゲームは、近代の構造をそっくりそのまま反復しつつ、〈建築〉の所在を問う、巨大な問いの試みであろうとしていたのです。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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