ダイアグラムと発見の論理 ──アーカイヴに眠る「思考のイメージ」 - Blog (Before- & Afterimages)

ダイアグラムと発見の論理 ──アーカイヴに眠る「思考のイメージ」

2014年10月31日、京都市立芸術大学芸術資源研究センターでの第4回アーカイブ研究会における講演資料のレジュメです。
ダイアグラムと発見の論理──アーカイヴに眠る「思考のイメージ」
田中 純

0.なぜダイアグラムか?
・ダイアグラム diagram:一義的な定義はないが、一般に要素間の関係を幾何学図形など抽象化された形象で表現した図を指す。→ここでは形態の単純化や抽象化といった傾向と関係性の表現という機能に着目し、一般にはダイアグラムには含まれない、具象的な形態までも包摂して考える。→「思考のイメージ」全般を問題化

0.1. 徴候的知の表現として
・アルド・ロッシの建築ドローイング →模型的ダイアグラムとして
→文字のある絵:骨組みだけにされた建築
・ヴァルター・ベンヤミンの細書法→文字の図像性とミニチュア化
・アビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネ・アトラス」→図像の配置という潜在的ダイアグラム(→分析過程での顕在化)
→ヴァールブルクの草稿における心理的ダイナミズムを表わすダイアグラム(力動図)
・振り子のイメージ:科学と迷信、言葉とイメージ間の振動
・図形の合体:主体と客体が一体化する模倣のモデル
・螺旋:対象を体系的に名づけることによる心理的な適応過程としての接近?
→明解な思想の図解ではなく、手がかりとして書き留めた思考の運動の軌跡:ヴァールブルク自身の内面における思考の運動を図示したもの
→「思考イメージ(Denkbild)」:ベンヤミンにおいては、明確な思考以前、意識的批評未満の、心に浮かぶ像であると同時に、心それ自体の像でもあるような、断片的細部としてのイメージ →萌芽状態の思考 →手の運動により外面化
→「徴候的知」*の表現としてのダイアグラム:予感や余韻を感じ取り読み取る知の表現 
←とらえようとすれば逃れ去ってしまうかすかなしるしを素早く記録する方法
→発見法のメディア
*徴候的知:イタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグが論文「徴候」(1979年)において指摘した、太古の狩人の文化にまで遡りうる「推論的パラダイム」であり、医学的症候学に基礎を置いて、1870年代以降に哲学、美術史、精神分析、文学といったさまざまな分野で再活性化された知の様態。田中はこの徴候的知の概念を発展させ、思想や芸術のさまざまなジャンルにおける事例を検証して、著書『都市の詩学──場所の記憶と徴候』(東京大学出版会)にまとめた。

0.2. 論集などの動向
・ホルスト・ブレーデカンプ『ダーウィンの珊瑚』(2005)→系統樹の図像学
・ドイツ語圏における「Diagrammatik」や「Diagrammatologie」
・図集『思考のイメージ(Images de pensée)』(2011)
・ニコラウス・ガンステラー『仮説を描く──思考のかたち』(2011)
・カタログ『余白の悪戯書き──書くことの裏道』(2010)
・論集『書字的図像性(Schriftbildlichkeit)』(2011)
・論集『図像的思考──チャールズ・S・パース』(2012)
・マイケル・タウシグ『わたしは自分がこれを見たことを誓う』(2011)

1.『思考のイメージ』
Marie-Haude Caraes et Nicole Marchand-Zanartu, Images de pensée. Paris : Réunion des musées nationaux, 2011.
・おもに手書きのダイアグラム(的図像)を収録
円やそれに準じたもの
地図を模したもの
現実ないし架空の建物や土地
身体組織を下敷きにしたもの
樹形図
ウェブ状のネットワーク
→完成した体系を表わすのではなく、その場かぎりのブリコラージュ
「思考のイメージとは、神話の不在に応じた、近代の『サイコグラフィ』である。」(p.121)
→安定したコスモスは崩壊 →自分自身の宇宙をそのかけらを使って復元しようとする
→それゆえに、そのイメージは思考の極限に触れる「限界の経験」をともなう
「この限界の経験において、思考のイメージは『有限性』の地震計に似たものとなる。」(p.122)
→かろうじて思考できるものの臨界がダイアグラムを通して触覚的に感知される

2.ガンステラー『仮説を描く──思考のかたち』
Nikolaus Gansterer, Drawing a Hypothesis: Figures of Thought. Wien: Springer, 2011.
・ダイアグラムの解読と作成の実験:さまざまなダイアグラムを収集 →描き直して、研究者やアーティストなどからなる協力者たちに図のみを送付 →解釈(「小さな」モデルや理論的構造という意味で、「マイクロロジー」)を文章で返送 →マイクロロジーのテクストに基づいてあらたなダイアグラムを追加して描く →解釈を相手に求める →相互作用による発展の余地がなくなるまで協働作業
→27に及ぶ「仮説」の生成:同じダイアグラムからまったく異なる仮説
→異なる思考を誘発するダイアグラムの潜在的多義性
・ダイアグラムの部品のような類型を集めた地図:「ツリー」「ハイパーテクスト」「フィールド」「ポラリティー」→奇妙な地形や建物で満ちた絵入りの地図、あるいは神話上の神々や英雄たち、動物たちの描かれた天球図に似る
→星座をなすのは神話不在の時代の宇宙のかけらたち:意味を抜き取られた思考の貝殻、抜け殻になった世界模型の破片たち →虚ろなイメージが散在する思考の波打ち際

2'.『余白の悪戯書き──書くことの裏道』
Deutsches Literaturarchiv Marbach, Randzeichnungen: Nebenwege des Schreibens. Marbach am Neckar: Deutsche Schillergesellschaft, 2010.
・詩人や作家たちが深い意図なく半ば無意識的に草稿の余白に書きつけた素描や手慰みの悪戯書きを展示した、ドイツ文学アーカイヴの所蔵資料にもとづく展覧会のカタログ。
→思考の尖端で描かれるダイアグラムとは異なり、言語による創作の隙間で、気晴らしとして描かれたがゆえの、文字を書く手が無心状態で彷徨って描いた軌跡としてのイメージ。

3.『書字的図像性』
Eva Cancik-Kirschbaum, Sybille Krämer und Rainer Totzke (Hg.), Schriftbildlichkeit. Berlin: Akademie-Verlag, 2011.
・ハイデガーをはじめとする哲学者の草稿における「非テクスト的書字ゲーム」(←ヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」)への注目
→ダイアグラム=「思考の連想図法(Assoziagrammatik)」:概念の比較的自由な(連想的)結合の図示 ←文学研究における生成批評の影響
→ダイアグラム的な連想図法を、言説によって構築されたものではない、哲学的思考の非テクスト的な道具かつその表現形態として、より積極的に位置づける
→ダイアグラムの書字的図像性:文字と図像の中間形態ないし融合
→アーカイヴ資料の特性をそのまま活かす出版形態

4.『図像的思考──チャールズ・S・パース』
パース記号学におけるダイアグラム:
「多くのダイアグラムは外見はまったくその対象に似ていない。それらが似ているのは、ただ諸部分の諸関係だけである。」(『パース著作集2 記号学』36頁)→「類似記号」(←→象徴記号、指標記号)としてのダイアグラム →ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー──資本主義と分裂症』におけるダイアグラム(図表):指標からも象徴からも、さらに図像(類似記号)からも区別される「抽象機械」であり、「一つの図表は、まさに実質も形式ももたず、内容も表現ももたない」→それが表わすのは「強度や抵抗、伝導、加熱、延伸、速度、あるいは遅延などのさまざまな度合い」であり、「数学あるいは音楽の表記におけるように、もはやテンソルのみ」(ドゥルーズ+ガタリ、邦訳291頁)

Franz Engel, Moritz Queisner und Tullio Viola (Hg.), Das bildnerische Denken: Charles S. Peirce. Berlin: Akademie Verlag, 2012.
「わたしは自分が言葉のうちで思考しているとは思わない。わたしは視覚的ダイアグラムを用いるが、これはまず第一に、こうした思考の方法がわたしにとって自然な内省の言語だからであり、第二にこの目的のために最善のシステムであると確信しているからである。」(パース、Ms 619, 1909)
→アブダクション(仮説構築)の方法
→10万に及ぶ草稿のなかに、さまざまな手書きの図や描写が頻出する。
Steffen Bogen, Die Schlinge als Konklusion: Zum Bild des Denkens bei Charles S. Peirce. S.235-251.(「結論としての輪──チャールズ・S・パースにおける思考のイメージ」)
・パース独自のダイアグラムの例「渦(scroll)」(→クレーの「造形思考」に似る)←→オイラー図

5.タウシグ『わたしは自分がこれを見たことを誓う』
Michael Taussig, I Swear I Saw This. Drawings in Fieldwork Notebooks, Namely My Own. Chicago and London: The University of Chicago Press, 2011.
・フィールドノートに記されたダイアグラムとしてのドローイング
→正確な記録ではない:ドローイングの孕むファンタスム、身体性、運動感覚
→ドローイングは舞踏や歌唱により近く、むしろディオニュソス的な営み
(麻薬経験における幻視的イメージ →ベンヤミンの麻薬実験)
→ウィリアム・バロウズとブライオン・ガイシンのカットアップ法によるスクラップブック
(手書きではない方法によるフィールドノート)
(→巨大なスクラップブックとしてのヴァールブルクの「ムネモシュネ・アトラス」)
→写真のダイアグラム化 ←インディオがある「霊」の写真と見なしていた図版が、度重なるゼロックス・コピーによって白黒のドローイングのようになった現地の人物の写真だったという逸話 →ジャン=リュック・ゴダールにおけるダイアグラム的思考(平倉圭『ゴダール的方法』):ゴダールの映画史講義における写真とダイアグラム→写真が大胆にトリミングのうえ、白黒二値化により「意味不明な地図」と化している。→「その地図化はおそらく、映像をダイアグラムに変えるための準備である。」(平倉、196頁)
→明確な輪郭と意味を失って形骸化するがゆえにファンタスムを帯びて思考を刺激する
→フィールドノートとは、ドローイングやメモによる自分を取り巻く異質な環境や出来事との一体化の場 →記帳者自身にとってフェティッシュ(物神)化する

6.「地震計」の波動の記録としてのダイアグラムと仮説構築の情動──ヴァールブルク再び
「しかしいま、1923年の3月に、クロイツリンゲンの閉ざされた施設の中で、オリエントから北ドイツの肥沃な平原に移植され、イタリア産の枝を接ぎ木された苗木から育った樹木の木片からなる地震計のように自分を感じながら、わたしはわたしが受容した信号を解き放つことを自分自身に許そうと思う。」(アビ・ヴァールブルク、1923年3月14日の講演メモより)
・振り子や螺旋、奇妙な物体のイメージはヴァールブルクが内観した心理の運動の表現(=地震計の記録)
→臨界における思考、限界に突き当たった思考はひたすら小さくなるのではないか
→思考自体のミニチュア化(模型化)の媒体としてのダイアグラム(簡略化、抽象化)
→知覚における対応物として「物音のミニアチュール」(ガストン・バシュラール『空間の詩学』)
「われわれは聴覚以前の緊張状態におかれる。われわれはもっともかすかな指標をも知覚することをもとめられる。この限界コスモスにおいては、現象となるまえは、一切が指標なのである。その指標が弱ければ弱いほど、それには意味がある。なぜならばそれは根源を指示するからである」(バシュラール『空間の詩学』邦訳301頁)
→感覚のミニアチュールにより想像力がわれわれを識域下の世界に招き寄せる
→思考のミニアチュールにおいて「われわれは思考以前の緊張状態におかれる。われわれはもっともかすかな指標をも思考することをもとめられる。この限界コスモスにおいては、思想となるまえは、一切が指標なのである。その指標が弱ければ弱いほど、それには意味がある。なぜならばそれは根源を指示するからである。」
→このきわめて微弱な「指標」としての思考の「識域」のゆらぎを感知する「地震計」としての徴候的知とそこに描き出される模型的イメージとしてのダイアグラム
→「神は細部に宿る」
・ベンヤミンの極端に小さな文字による細書法
・ノートの片隅に自動記述のようになかば無意識的にダイアグラムを描く行為
・『ムネモシュネ・アトラス』で巨大な美術作品を写真図版に複製して縮小し、さらにそれを配置したパネルそのものを写真に撮って二重に縮小させたヴァールブルクによるイメージの細書法(→パネル上のイメージの配置がコレオグラフィとして機能し、講演においてヴァールブルクはパネル間を動き回り、ディオニュソス的な舞踏を舞う →この運動の再現を求めた各種のムネモシュネ・アトラス関連展)
→アブダクションにともなう情動(パース)
「仮説構築という推論においては、こうした複合的な感覚はより緊密度の高い一元的感覚にとって代わられ、思考は仮説上の結論へと至る。われわれの神経組織が複雑な過程をえて興奮状態にある時、その構成要素の間にはある関係づけがなされ、その結果として私が情動と呼ぶ一元的な調和をもった精神の動きが生まれるのである。(...中略...)仮説構築にはつねにこうした情動が含まれているのである。」(Charles Sanders Peirce, Collected Papers of Charles Sanders Peirce. Vol.2: Elements of Logic. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1932, p.387, 2.643.)
→発見法的ダイアグラムやフィールドノートのドローイングが孕むアブダクション的情動


レジュメ全体のPDF 田中メモ20141031.pdf

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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