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2015年5月アーカイブ

荒川厳夫『百舌』詩抄

以下に掲げるのは荒川厳夫の詩集『百舌』からの詩二篇である。「荒川厳夫」とは、橋川文三(1922-83)の弟、橋川敏男(1925-1954)のペンネームである。敏男は結核のため、広島の療養所に長期入院していた。『百舌』は彼が療養所の詩友たちと作った「高原詩の会」によって発行されている。発行日は1954年4月6日。しかし、敏男はその三日前に28歳で永眠している。
この詩集については、橋川文三編解説による「荒川厳夫「百舌」詩抄」が、雑誌『ユリイカ』1976年4月号に掲載されている(241-256頁)。そのうちの解説「荒川厳夫詩集「百舌」についての私記」(のちに「私記・荒川厳夫詩集『百舌』について」と改題され、『標的周辺』に収載。『橋川文三著作集8』所収)によれば、『百舌』は横長の謄写印刷で作られ、全体がちょうど100ページ、37篇の詩作品を収録しているという。「荒川厳夫「百舌」詩抄」にはそこから7編が採られた(「眩暈」「白い盆燈籠」「蠅」「桔梗」「ふとん」「誕生日」「怪我」)。敏男の詩の背景にある、まだ壮年だった父の病死に始まる酸鼻な一家離散の歴史は文三のこの「私記」に詳しい。なお、「荒川厳夫」という筆名は敏男が好んでいた詩人アラゴン(「荒」「厳」)に由来するという。
橋川文三の「私記」はともかく、荒川厳夫(橋川敏男)の詩そのものが世上の人びとの目に触れる機会はきわめて稀、いや、ほとんど皆無であろうと思われる。「詩抄」に選ばれた詩の多くは、自身の病や療養生活を題材として、透き通った沈鬱さと諦念のなかに、一瞬の生の煌めきのようなものをとらえている。このように優れた詩がほぼ誰にも読まれぬままにとどまることはあまりにも無念に思われた。それゆえここに、亡くなった母をめぐる哀切きわまりない詩「白い盆燈籠」──文三はこの詩について「私たち兄妹にはほとんど読むにたえない痛恨悲哀の感をよびおこす」と書いている──、そして、読む者に衝撃を与えて忘れがたい印象を残す「桔梗」の二篇を、全文データ化して公開する。底本は上記『ユリイカ』、ルビは[ ]で示し、傍点はやむをえず太字(ボールド)で代替した。OCRを利用したうえでチェックしたが、誤字などにお気づきの場合にはご指摘いただきたい(Twitter@tanajun009)。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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