華麗なるギャツビー - Blog (Before- & Afterimages)

華麗なるギャツビー

Lo-Fang のYou're The One That I Wantという歌(有名な曲のアレンジ)、いや、その声が気に入って、シャネルの5番のCMを観た。監督のバズ・ラーマンの名前に記憶がなかったのだけれど、2013年版の『華麗なるギャッツビー』を撮った人物だと知る。
思い出したので、別の場所に当時メモしたこの映画の感想をここに。
                                    

The Great Gatsbyを六本木で見る。レッドフォード主演の作品が記憶に強く残っているので、ただでさえ魅力をまったく感じたことのないディカプリオのギャッツ ビーには懐疑的だったのだが、昨日、悪くなかったという評を聞いて、見てみる気になった。昨日と今日の会議の内容を洗い流して、健全な状態で夏休みを迎え るべく。

結果として、ディカプリオを見直した、というと悪いが、しかし、むしろこの映画のほうが良いような気がしている。この映画のテーマが決して取り戻せない過 去を必死で取り戻そうとする男の絶望的な努力であるように、ギャッツビーの映画化にも1920年代への癒やしようもないノスタルジアが宿るのだとすれば、 レッドフォードのギャッツビーがひたすらセンチメンタルで淡いものとしてそのノスタルジアを描いていたのに対して、この作品では3Dの効果を意識した(実 際に見たのは3Dではない)奥行き方向の動きが誇張され、狂乱のパーティーなどで無際限な物量が蕩尽されるなど、消費文化や大衆娯楽の(3Dであるがゆえ に強調される)薄っぺらさと表層的な煌びやかさを通じて、その裏の空しさ──ノスタルジアの空虚さ──を生々しく感じさせていたからだろうか。3D表現は、ニューヨークの摩天楼やアール・デコの美学にも通底する、運動のダイナミズムへの時代的志向を表わすにも適していたのかもしれない。

ギャッツビーはいくらなんでも過去を取り戻すことに執着しすぎだろうとか、デイジー役の女性は童顔すぎるし、いかにも軽薄で意志がなさそうなところが相変 わらずイライラするとか、デイジーの夫は感情移入の余地をまったく残さないほど類型化が過ぎているだろうとか、そもそものキャラクターに由来する感情のた ぐいも、結局は、語り手である作家志望の青年が、傍観者であるしかない存在であるがゆえに最後にもらす、「君たちみんなにはうんざりだ!」という、やり場 のない怒りに似たものなのだろう。彼のように「ギャッツビー、君だけは別だ」とまでは言えないにしても。そんなふうに彼に語らせ、ギャッツビーを 「Great」と形容することが、実際には敗者の空しさを際立たせる、作者のアイロニーに見えてしまうとしても。

いや、それでも「The Great」と書き加えたい気持ちはわかる。ギャッツビーには自分が感情移入してしまうものがある。彼もまたカステロフィリア(城砦愛好者)だからだ。幾度も繰り返して言及される、この城に注ぎ込まれた、ギャッツビーの「想像力」の「偉大さ」。

小さなホールだったけれど、カップルでそれなりに埋まっていたのに、エンドロールの終わりまで見て、部屋が明るくなってみると、まだ数人はいるのではない かと思っていた空間に、自分ひとりだけが取り残されていた。そのときに一瞬感じた切なさのようなものは、巨大な城にひとり暮らすカステロフィリアの男の物 語を見たことと無縁ではないのかもしれない。木曜日の六本木ヒルズ──丘上のバブルな城!──の喧噪を逃れ、乃木坂の駅まで歩いた。

サウンドトラックの表示にブライアン・フェリーとそのオーケストラの名を見つけてやっと、映画のなかで耳にしていた音楽に感じていた懐かしさの理由に思い 当たった。フェリーの曲「ラヴ・イズ・ザ・ドラッグ」が歌われたのは気づいたけれど、声があまりに変わっていて、彼が歌っているとは思わなかった。考えて みれば、婚約者のジェリー・ホールをミック・ジャガーに寝取られ、未練たっぷりに『The Bride Stripped Bare』などというアルバムを作ってしまうフェリーにとって、ギャッツビーのロマンティシズムは自分に近いものなのかもしれない。「Can't let go / There's a madness in my soul tonight / Can't let go / Must ride like the storm / Can't let go / Will I run out control tonight / Can't let go / Until every trace is gone」(Bryan Ferry, Can't let go)『The Bride Stripped Bare』のこんな曲の歌詞を思い出せるほどはっきり覚えているのだった。

a madness in my soul ──The Great madness.

(2013.8.1記)

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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