『過去に触れる』関連書籍リスト補遺・コメント別ヴァージョン - Blog (Before- & Afterimages)

『過去に触れる』関連書籍リスト補遺・コメント別ヴァージョン

『みすず』読書アンケートに寄せた文章をもとにしたものです。すでに公開したリスト掲載の書籍についてのコメントの別ヴァージョンのほか、洋書も含みます。
・堀田善衞『方丈記私記』,ちくま文庫,1988.
 震災直後に手に取った。鴨長明の生きた時代とおのれの経験した戦争末期という、二つの乱世に向けた作家のまなざしに、現在と過去とを射貫く矢を放つための視座を求めた。「歴史」と化した方丈の、「なんと莫迦げた」無気味さよ。隠棲した鴨長明の「世にしたがわずして狂せるに似たる鋭い眼」をもつこと。同じ時期には、宮沢賢治の『春と修羅』(ちくま文庫版全集)の詩節が異様な生々しさを帯びて感じられた。

・Ankersmit, Frank R., Sublime Historical Experience. Stanford, California: Stanford University Press, 2005.
 コンメディア・デッラルテに登場するナポリ発祥の道化役プルチネッラについて調べていて行き当たる。絵画に描かれたプルチネッラを論じ、18世紀末、崩壊寸前にあったアンシャン・レジーム下における倦怠感という、特定の時代の雰囲気をそこに読み取る論旨。「主観的歴史経験──悲歌としての過去」と題された同じ章で取り上げられているもう一つの対象が、同時代のロココ様式の装飾「ロカイユ」であったこともまた関心をそそった。
 本書は「言語」から「経験」へという現代思想のパラダイム転換──この観点からローティの哲学などが精査される──を背景に、歴史経験の諸相について考察した論文集である。トクヴィル、ホイジンガ、ブルクハルトといった歴史家による過去の経験のありよう──過ぎ去った時代の息吹きや雰囲気を直接に感知するような経験のあり方──がそこで探られてゆく。ヴァールブルクがニンフ論を構想するきっかけとなった友人アンドレ・ジョレスがホイジンガの友人でもあり、『中世の秋』の霊感源となった絵画との遭遇の現場に立ち会っていたという思わぬ知見も得た。
 タイトルの「崇高な歴史経験」とは、フランス革命のような、アイデンティティの根本的な変化を伴う歴史上の集団的トラウマを意味する。そこでは過去が「決定的に喪われたもの」と化して歴史経験を形作る。そうした経験から生まれるノスタルジアとメランコリーは、この書物を支配するものでもある。
 本書を貫くのは歴史を「科学」ではなく「手わざ」や「芸術」(つまり、美学=感性論的な対象)として捉える、歴史理論の「ロマン化」への志向だ。エピローグの最後にはヘルダーリンの『ヒューペリオン』が引用される。読後には保田與重郎『萬葉集の精神』が連想された。ジルベール・クラヴェルという人物の手紙や日記を解読する作業に没頭している最中、その行為それ自体がもたらす経験の反省を強いる内容が深く記憶に残った。

・Runia, Eelco, Moved by the Past: Discontinuity and Historical Mutation. New York: Columbia University Press, 2014.
 過去がいかにわれわれに働きかけるかという経験の再考をはじめとする、歴史叙述のあり方や歴史の非連続性をめぐる論考の集成。換喩(メトニミー)や換喩的操作による過去の「現前(presence)」の効果などについて、心理学の観点からの考察も交えながら、多面的に論じられる。分析の洗練された手つきと着想の豊かさが刺激になった。

・Ankersmit, Frank R., Historical Representation. Stanford, California: Stanford University Press, 2001.
・塚本昌則編『写真と文学----何がイメージの価値を決めるのか』,平凡社,2013.
 拙著[『冥府の建築家』]では「謎の女性」とするしかなかったクラヴェルの恋人アーシアの素性を小さな手がかりから徐々に明らかにする過程──「ソロヴェイチク」という姓もそこでようやく判明した──の果て、秋にはローマで彼女の娘さんに会い、若き日のアーシアの写真を眼にすることもできた。アーシアは、帝政ロシアで革命運動への加担の罪により投獄され、さらにシベリア送りになるところを同志たちに救われて、マクシム・ゴーリキーを中心とする亡命ロシア人たちのコミュニティがあったカプリ島に逃れている。こうした調査を通して、この女性をめぐる現代のミクロストリア(微視的歴史)を書けないだろうかと思案するものの、クラヴェル以上に無名の人物の足跡をたどる困難に突き当たるとともに、歴史叙述や歴史経験についての理論的な反省を強いられている。そうした関心から、F. R. Ankersmit, Historical Representation. Stanford, California: Stanford University Press, 2001を糸口に、歴史表象の理論を手探りしながら模索中である。この関連では、塚本昌則編『写真と文学──何がイメージの価値を決めるのか』(平凡社)所収の塚本論文「時のゆがみ──ローデンバック、ブルトン、ゼーバルトの〈写真小説〉」から、「歴史家」ゼーバルトにおける写真という表象の問題を歴史経験論に接続する着想を得た。

・Didi-Huberman, Georges, Écorces. Paris: Minuit, 2011.
・ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージ、それでもなお----アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』,橋本一径訳,平凡社,2006.
・ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ニンファ・モデルナ----包まれて落ちたものについて』,森元庸介訳,平凡社,2013.
 アーカイヴにおけるクラヴェルの遺稿調査を昨年も手がけたバーゼルで独訳版を見つけ、旅すがらに読んだGeorges Didi-Huberman, Écorces. Paris: Minuit, 2011は、この美術史家・哲学者がアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制・絶滅収容所を訪れた際の思索と写真の記録である。書名が表わすのは「樹皮」。本書は、ビルケナウ絶滅収容所の白樺から剥いだと思われる3枚の樹皮から、「けっして書かれたことがないもの」を読み取ろうとする試みであると著者は言う。7月下旬、国際学会が開催されたクラクフから足を延ばした収容所跡地で、皮膚を焼く日差しのもと、わたしもまた白樺を探した。その膚にも触れた。この白樺林に近い場所で1944年に隠し撮りされた写真を、ディディ=ユベルマンは『イメージ、それでもなお──アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』(平凡社)で論じている(ちなみに、昨年[2013年]優れた邦訳が刊行された同じ著者・書肆の『ニンファ・モデルナ──包まれて落ちたものについて』もまた、アビ・ヴァールブルクがヨーロッパのイメージ記憶に残存する「情念定型」のひとつとした「ニンフ」のイメージの変容と凋落の帰結を、大都市の路上や強制・絶滅収容所の倉庫の襤褸布に見出すという驚くべき視点によって、深く印象に残った)。もぎ取られ、剥ぎ取られたイメージとは、「けっして書かれたことがない」歴史が読み取られる書物のページであろうか。ここに綴った実在する書物の読書とはすべて、そんな「樹皮」を読むための訓練であったようにいまは思われる。

・ローラン・ビネ『HHhH----プラハ,1942年』,高橋啓訳,東京創元社,2013.
 書名は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」というドイツ語文の略称。ナチ高官ハイドリヒ暗殺を取り上げた小説だが、暗殺実行犯をはじめとして、登場するのはすべて実在の人物である。史実を題材に小説を書くことに関する作者自身の内省が随所に織り込まれ、おのずと歴史叙述の方法や倫理が問われている。「無名のまま死なせてしまった数百、数千の人々のことを思うと、罪悪感で震えてしまうのだけれど、彼らはたとえ語られなくとも生きているのだと思いたい。」こうした一節に、ベンヤミンの言葉を思い出す──「有名な人々よりも、名もない人々の記憶に敬意を払うほうが難しい。歴史の構築は、名もない人々の記憶に捧げられている」。

・三部けい『僕だけがいない街』1〜8巻,角川書店,2013-2016.
 時を巻き戻し「再上映(リバイバル)」させる特殊な能力をもった青年が、小学生時代の過去に戻り、連続誘拐殺人事件の犠牲者となったクラスメイトの少女を救おうとする。その少女を助けるために過去を積極的に改変することにより、未来に関する主人公の知識は役立たなくなり、何が起こるか誰にもわからないサスペンスが連続する。無辜な子供たちの命は実際には取り戻せない。けれど、ではその死を淡々と実証的に記録することだけが「歴史」なのだろうか。『HHhH』やこのマンガを通してわれわれが垣間見るのは、歴史家に取り憑く、過去をめぐる「希望」のオブセッションなのかもしれない。

・畠山直哉『気仙川』,河出書房新社,2012. 
 震災前に著者が故郷やその地の人々を撮影したごく私的な写真と、震災直後に母親をはじめとする親族の安否が確認できない状態から、変わり果てたその地にたどり着くまでを綴った「気仙川へ」という文章、そして、震災後の風景の写真という三つの要素からなる写真集。「何かが起こっている」と始まる「気仙川へ」の緊迫した叙述が、写真には撮影されえなかったイメージを浮かび上がらせる。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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