合評会「田中純『過去に触れる』に触れて」メッセージ - Blog (Before- & Afterimages)

合評会「田中純『過去に触れる』に触れて」メッセージ

昨日(2016年11月28日)の合評会「田中純『過去に触れる』に触れて」(http://repre.c.u-tokyo.ac.jp/news/?p=857)の最後に読み上げたメッセージです。

敗者たちのために、敗者たちとともに

 この書物の根底にあるのは、ひとつの「身振り」です。ベンヤミンはゲーテの『親和力』を論じた論文の末尾で、詩人ゲオルゲのヒロイックな詩に対して異議を唱えるようにして、こう書きました──「彼らが「闘いに叶うほどに強く」ならなかったとしても、それがどうしたというのか」。「闘いに叶うほどに強く」とはゲオルゲの詩からの引用です。そして「彼ら」とは、第一次世界大戦勃発時に自殺した親友たちを念頭にしています。この「それがどうしたというのか」という鋭い問いかけは、ゲオルゲの詩の崇高な「強さ」に逆らって、若くして死んでいった友人たち、つまり或る意味で時代に「敗れ去った」、力弱き死者たちと連帯しようとする、一種の抵抗の「身振り」でしょう。わたしにはそれが、ベンヤミンの言う「歴史の逆撫で」の「身振り」に通底しているように思えてなりません。

 ゲオルゲの詩に決定的な感化を受けた自分たちの世代について、ベンヤミンは「あらかじめ死を定められていた」と述べています。さらに、彼はのちに自分たちを「敗北した世代」と呼んでいます。ゲオルゲの詩によって救われると同時に精神のなにがしかを傷つけられたこの「世代(ドイツ語のGeschlecht)」すなわち「種族」の経験が、日本浪曼派、就中、保田與重郎の影響下で戦時を生きた、橋川文三の言う「半存在」という「種族」の経験に通じているという仮説を、わたしはこの本に書きました。彼らはいずれも、いわば「敗者」の世代であり種族なのでしょう。そして、わたしはこの書物で一貫して、何らかの意味で敗北し、忘却され、名を失った人びとの記憶と秘密に触れることだけを求めていたように思います。

 しかし、敗北とはいったい何でしょうか。亡命を強いられ、その途上で自殺するしかなかったベンヤミンの置かれた状況が、ナチをはじめとするファシズム勢力に対する政治的敗北であったことは事実でしょう。けれど、その敗北ゆえに得ることのできた歴史経験と歴史認識がそこにはあった。敗者にのみ危機が危機として感知されるのだとすれば、敗者は勝者よりも深くその危機から学ぶことができるはずです。

 そしてさらに、かりそめの勝利を競って争う「闘い」がそもそも問題なのではない。ベンヤミンの言葉にあったように、「闘いに叶うほどに強く」なることが重要なのでもない。「あらかじめ」死や敗北を定められていても投げ込まれてしまう「闘い」があり、その「闘い」に終わりはなく、勝敗の行方など誰にもわからない──そんな「闘い」が「歴史」なのでしょう。歴史はけっして完結しない。だからこそ、「歴史を逆撫でする」歴史叙述が、この「闘い」における(橋川文三の言う)「野戦攻城」の方法になりうるのだと思います。

 本書で取り上げたエルコ・ルニアが指摘しているように、現実の世界には不連続的な「突然変異」に似た出来事が起こります。そんなとき、行動は事態の認識を飛び越してしまい、当事者にさえ、事態の進展の理由がわからなくなる。われわれがほかならぬ今、入り込んでいるのはとくに、そんなクリティカルな変化の局面なのかもしれません。未来が見えない。そのような現在だからこそ、連続する因果連鎖に沿って書かれてきた歴史を逆撫でにし、過去のなかにありえたかもしれない未来への力線を浮かび上がらせることが可能であり、かつ、必要に思えます。そのときに寄り添うべきものが敗者たちの記憶でしょう。

 ベンヤミンや橋川たちの「種族」にどうしようもなく引き寄せられてしまう自分の資質の根底にあるものは何かと考えたとき、それはやはり、デヴィッド・ボウイの1970年代の楽曲を、ベンヤミンの世代にとってのゲオルゲの詩のように経験してしまった、つまり、それに救われると同時に何かを傷つけられてしまった「世代」であることに由来するのだろうと思います(その事情については『政治の美学』のあとがきに書きました)。そうした「世代=種族」の経験に決着をつけるためにも、ボウイ論を来年中には刊行する予定です。また、わたしが歴史家の歴史経験を問題にするそもそものきっかけとなったアビ・ヴァールブルクについては、最晩年の、最重要なプロジェクト『ムネモシュネ・アトラス』をめぐる『歴史の地震計』と題した書物を、夏までには東京大学出版会から刊行することになっています。

 そして、これはいつ実現できるかわかりませんが、本書の延長線上でいずれ、日本近代における無名の人びとの声をポリフォニックに響かせるような書物を編んでみたいと願っています。そう願うのは、本書でも何度か触れたベンヤミンの言葉が、自分を戒めるものとしてつねに想い出されるからでしょう。ベンヤミンが亡くなったスペイン国境の町ポルボウ、その岬の丘の上に作られたダニ・カラヴァンによるメモリアル、鋼鉄製のトンネルが海に突き出した先にはめ込まれた、ガラス板に刻まれている言葉です。そのガラス板を通して眼にした地中海の波と潮騒がこの場に甦り、岬の丘に吹く風に「触れる」のを今感じます。トランスモンターニャ、山越えの北風です。メモリアルに刻まれた言葉がこれほどまでに忘れがたいのは、ポルボウのあの風景の力のせいかもしれません。人類学者マイケル・タウシグは「ヴァルター・ベンヤミンの墓標」と題された文章で確か、「この場所では風が記念碑なのだ」と書いていました。

 本書を導いた指針であり、今後も銘記したい一節として、ベンヤミンのあの言葉を最後に読み上げさせてください──

「名のあるものたちよりも、名のないものたちの記憶に敬意を払うことのほうが難しい。歴史の構築は名のないものたちの記憶に捧げられている。」

Website

Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

Profile (日本語)
Profile (English)

J-GLOBAL 研究者情報
J-GLOBAL English

科学研究費交付実績

『政治の美学』情報

最近の画像

2017年4月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
CURRENT MOON

過去のブログ記事