パスカル・キニャールとの対話 セッション5「歴史あるいは夜」 - Blog (Before- & Afterimages)

パスカル・キニャールとの対話 セッション5「歴史あるいは夜」

2018年5月12日に東京大学駒場キャンパスで行なわれた「パスカル・キニャールとの対話」セッション5「歴史あるいは夜」で読み上げた原稿です。
 まず、このセッションのタイトルについてご説明しなければなりません。企画者の桑田光平さんからご提案があったのは「歴史」というテーマでした。「イメージ」というテーマも同時に提案されていたかもしれません。
 しかし、それを聞いてわたしの脳裡にただちに思い浮かんだのは「夜」という言葉でした──「歴史の夜」あるいは「夜の歴史」。『夜の歴史(Storia notturna)』とは歴史家カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburg)によるサバト研究を集大成した書物のタイトルでもあります。本日キニャールさんが朗読なさったテクストの冒頭でも、「わたしは夜のなかにいた」と繰り返し語られていました。
「歴史あるいは夜」──この一見したところ奇妙なタイトルでキニャールさんにお話をお伺いするそもそもの背景には、わたしがアビ・ヴァールブルク(Aby Warburg)という歴史家を研究してきたという経緯があります。わたしは昨年、この人物をめぐって『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』という本を刊行しました。そのあとがきのエピグラフとして、わたしはキニャールさんの『いにしえの光(Sur le jadis)』から次の一節を引用しました──

 待ち望まれた(デシデラトゥス[desideratus = de-sideratus])というラテン語は、黒を好む人間を見事に言い得ている。「星々(シデラ[sidera])」ですら漆黒の夜のなかに消えゆく。
 星なき夜とは子宮の夜である。
 Le mot latin desideratus traduit bien l'homme qui aime la couleur noire : Même les astres (les sidera) s'effacent dans sa nuit. 
 La nuit sans astres est la nuit utérine.

 アビ・ヴァールブルクは第一次世界大戦中、宗教改革の時代における占星術図像の研究に没頭するあまり、一時的に狂気に陥ってしまった人物です。引用した一節の「星々(sidera)」にはその暗示を込めました。
 「星なき夜」の「黒」への連想を誘ったのが、わたしの書物の分析対象だったヴァールブルク最晩年のプロジェクト『ムネモシュネ・アトラス』のパネルの下地をなす黒いスクリーンでした。『ムネモシュネ・アトラス』とは、等身大の黒いパネル数十枚の上に千枚近い図版を配置して、ヨーロッパにおけるイメージの歴史を表現したものです。ヴァールブルクは1929年10月に急死するまで、その図版の配置を変え続けました。

mnemo79.jpg
アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』最終ヴァージョン、パネル79。

 わたしには『ムネモシュネ・アトラス』の黒い下地が底知れぬほど深い「子宮の夜」に見えたのです。数知れぬイメージがそこから生まれ、そのなかに消えてゆく漆黒の子宮の夜に。

 キニャールさんとのもうひとつの縁(えにし)に触れさせてください。
 17年前にわたしはヴァールブルクについての本をすでに一冊刊行しています。それは『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』という書物です。この本を執筆するように勧めてくれた担当編集者は、青土社の津田新吾さんでした。津田さんはキニャールさんのご著書の翻訳を同じ出版社から何冊も刊行することに熱心に取り組んでいた人物でもあります(彼は大変残念なことに9年前に亡くなっています)。
 この最初のヴァールブルク論のエピグラフにわたしは、若きサミュエル・ベケットの詩「ホロスコープ(Whoroscope)」から、次の一節を引用しました──

そして われに与えたまえ 
第二の星のない 占いえぬ時を。
and grant me my second
starless inscrutable hour.

 お気づきのように、このエピグラフは「星々(sidera)」のイメージに取り憑かれたヴァールブルクの人生を暗示したものです。そしてこのエピグラフは、わたしが二冊目のヴァールブルク論『歴史の地震計』に引用した、キニャールさんの言葉と響き合っています。

 今回、日本語に訳されているキニャールさんの『最後の王国(Dernier royaume)』シリーズを再読して、「夜」「星々(sidera)」、そして「洞窟」といった言葉が紡ぎ出す想念に強く惹きつけられました。わたしはそこにヴァールブルクの思考にとても近いものを感じました。いや、思考と言うよりも、過去からの波動を感知する「地震計」としての身体感覚と述べたほうが正確かもしれません。キニャールさんは『秘められた生(Vie secrète)』のなかで、閃光に似た「星座としてのイメージ」について語るヴァルター・ベンヤミンの言葉を「ローマ的」と評していらっしゃいますが、「古代の残存(Nachleben, survivance)」を追究したヴァールブルクもまた、同様の意味で「ローマ的」でした。イタリア・ルネサンス研究から出発したヴァールブルク自身が、古代ローマの残存に取り憑かれていました。
 「地震計」としての身体感覚、と先ほど述べました。それはヴァールブルクの場合、『ムネモシュネ・アトラス』を構成する無数のイメージを「狩る」、ほとんど肉食動物のような身体感覚でもあります。その感覚は、『さまよえる影たち(Les Ombres errantes)』の訳者のひとりである小川美登里さんが、キニャールさんのテクストを「辛辣な(sarcastique)」と形容している点につながるように思えます。小川さんによれば、sarcastiqueであるとは、獲物の肉を食いちぎる運動を含意しているからです。そして、そんな食いちぎられた肉片のパッチワークとしての『最後の王国』の異種混淆的なテクスト群が、わたしにはヴァールブルクの『ムネモシュネ・アトラス』にきわめて近いものに感じられてなりません。
 そして、キニャールさんの『最後の王国』を読み返すなかで閃いたのは、『ムネモシュネ・アトラス』の数十枚のパネルによってヴァールブルクが築きたかったものは「歴史の洞窟」ではなかったか、という直感です。歴史に穿たれた洞窟──その「星なき夜」「子宮の夜」の内部に描かれた「洞窟壁画」が『ムネモシュネ・アトラス』の図版群ではなかったか、と。それは運命を支配する星々(sidera)を逃れた人工の夜のなかで、ヴァールブルクがみずから作り上げた新しい──しかし同時に太古的、ローマ的な、あるいは「往古(いにしえ[jadis])」の──星座なのかもしれません。そしてそれが彼にとっての「最後の王国」の地図=アトラスだったのかもしれません。
 以上のようなわたしの考えをお伝えしたうえで、キニャールさんには「歴史あるいは夜」という、この一見したところ奇妙なセッション・タイトルから連想されることをご自由にお話いただければありがたいのですが、主催者のご希望に応じて問いのかたちでもお尋ねするとすれば、次のようになるでしょうか。

・夜に歴史はあるのだろうか? 歴史の夜、夜の歴史とは何だろうか?
・「星々(sidera)」としての「イメージ」とは、キニャールさんが『秘められた生』で言う「蠱物(ファスキヌス[fascinus])」すなわち「眩惑するもの」にとどまるのだろうか? それとも「夜」そのものであるような「イメージ」がありうるのだろうか?
・「蠱物(fascinus)」としての「イメージ」の支配が圧倒的な「いまここ」の現在において、われわれはどのようにして「洞窟」──原初の「家」──を、「子宮の夜」を作り出すことができるのだろうか? どのようにすれば、わたしたちの生を「夜のなかに投じる」ことができるのだろうか?

 わたしからの問いかけは以上です。お話を伺わせてください。

【キニャール氏への応答から抜粋】
 キニャールさんの『秘められた生』には「夜の共同体」というこのうえなく美しいフレーズがあります。その部分を引用しましょう──

「欲望」(orexis)や波、春を通じて言葉の彼方で理解し合うこと・・・蒼古に通じる諸器官を用いて、雨のように、突風のように、落雷のように、花のように、満潮のように、稲妻のようにやにわに行動すること、わたしにとっての真の夜の共同体とはこうしたものだ。ほんのわずか開いてから蕾をぱっくりと開ける花弁や、嵐の稲光のように、あるいは、動物が味わう蠱惑や二極間で起こる回路切断(ショート)、奔流に襲いかかる源流が見せる閃きのように、夜の共同体はこの世に別世界を出現させたのだ。

 ここに認められる迅速な運動の身体感覚のようなもの──「夜の共同体」とは、夜に狩りを行なう「夜の獣たち(nocternal animals)」あるいは「夜の鳥たち」の共同体ではないでしょうか。わたしもまた、そのような夜の共同体の一員でありたいという願望を、最後に告白したいと思います。

【2018.5.18追記】
キニャールにおけるイメージの問題を論じた次の書物には、ヴァールブルクと『ムネモシュネ・アトラス』に関する言及がある。Bernard Vouilloux, La nuit et le silence des images. Penser l'image avec Pascal Quignard. Paris: Hermann, 2010, p.35-41. しかし、それは『ムネモシュネ・アトラス』についての簡単な紹介とジョルジュ・ディディ=ユベルマンを引いてその黒いスクリーンの効果をめぐる若干の解説を加えるのみで、肝腎のキニャールとの比較については、その可能性を示唆しつつも、確たる根拠を示さぬまま、キニャールの場合には「まったく別の論理」から出発していると断言して、詳しい検討を行なっていない。

Website

Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

Profile (日本語)
Profile (English)

J-GLOBAL 研究者情報
J-GLOBAL English

科学研究費交付実績

『政治の美学』情報

最近の画像

2018年6月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
CURRENT MOON

過去のブログ記事