再掲:表象文化論学会設立にあたって(2006年7月5日付・毎日新聞夕刊掲載) - Blog (Before- & Afterimages)

再掲:表象文化論学会設立にあたって(2006年7月5日付・毎日新聞夕刊掲載)

以前、新聞に寄稿した拙文の再掲です。新聞記事としての見出しは「「目指すもの、人文知を創造する「亡命者」の場」」でした。
 7月1日、新しい知の運動体として「表象文化論学会」(会長・松浦寿輝氏)が発足した。渡邊守章氏、蓮實重彦氏、故高橋康成氏らを中心として、東京大学に表象文化論の学科、大学院が設けられてから、すでに20年近くがたっている。それは総合的な芸術・文化研究を目指す国際的趨勢とも呼応した、日本発の独創的ディシプリンの出現だったと言ってよい。そして、今創り出されたのは、人文科学の多分野に浸透したこの知的運動をより活性化させるための、真に領域横断的な交流の場である。
 7月1日、2日の二日間にわたって東京大学駒場キャンパスで開かれた表象文化論学会第一回大会の初日には、学会設立を記念する催しとして、ロシア出身の映像文化研究者ミハイル・ヤンポリスキー氏をニューヨークから招いておこなわれた基調講演に始まり、浅田彰氏と松浦寿輝氏の対談「人文知の現在」、そして、桜井圭介氏と内野儀氏が同時代の身体的知をめぐる導入をおこなったパフォーマンス公演(チェルフィッチュ、室伏鴻氏、KATHY)がもたれ、いずれも大変な盛況だった。メインイベントである、2日に開かれた6つの研究発表パネルでは、高山宏氏をコメンテイターに迎えた「スクリーンの近代」をはじめとして、ジャンルを越境した発表の数々が組まれ、多数の熱心な聴衆を前に刺激的な議論が展開された(詳細は学会ホームページ http://www.repre.org 参照)。
 学会とは、一見したところ、古い革袋にも見えるかもしれない。しかし、日本の多くの大学における人文科学が、闇雲な実学志向の強まりのなかで目標を見失い、名称の付け替えに追われたり、反動として制度的に硬直化してゆくなかで、瑞々しい思考によって社会的にインパクトのある知的創造をおこなってゆくためには、大学や制度化した個別ジャンルの枠を脱した研究者同士の自由な「社交」の場という、「学会」なるものの原点への回帰が必要ではないだろうか。そして、それは決して専門の殻に閉じこもった同業者ギルドではなく、国籍や専門領域を問わない知的アジールに集う者たちの、ハイブリッドな組織体でなければならない。だからそれは、制度からの一種の「亡命」なのである。
 表象文化論は、「表象」(representation)の分析という観点をとることを通じて、演劇の「上演」から、画像・映像による「再現」、政治的な「代表制」にまでいたるこの言葉の拡がりを最大限に活用し、多種多様な文化現象を研究対象としてきた。それがカバーする領域は、日本の古典芸能や文学をはじめとして、テレビ、映画、情報ネットワークなどが形成する現代のメディア空間や、グローバルなポップ・カルチャーにまで及んでいる。
 ここで重要なのは、ポップ・カルチャーに対しても古典研究と同じくらい厳密な学問的手続きによってアプローチするとともに、古典を生きた伝統として現代社会との関係のうちにとらえようとする研究姿勢だろう。社会学的なカルチュラル・スタディーズやメディア論とはその点で大きく異なっている。表象文化論はむしろ、古典の創造的な再解釈に発するルネサンス的人文主義や、分析技術の方法的厳格さを重んじるアカデミズムの良き伝統に根ざしている。無力感とニヒリズムに支配されかねない危機にある人文科学にとって必要なのは、この学術的伝統自体の再構築ではないか。
 単なる一学問の学会設立にはとどまらない、21世紀にふさわしい人文知の創造が問題なのである。創設に関わったひとりとして、この学会はそのためにこそ、異質な知・感性・経験がせめぎ合い、さまざまな学問的職人の「わざ」が競い合うなかで高められる、より多くの「亡命者」たちの場であってほしいと願っている。

Website

Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

Profile (日本語)
Profile (English)

J-GLOBAL 研究者情報
J-GLOBAL English

科学研究費交付実績

『政治の美学』情報

最近の画像

2018年8月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
CURRENT MOON

月別 アーカイブ

過去のブログ記事