Blog (Before- & Afterimages): Essaysアーカイブ

Essaysの最近のブログ記事

荒川厳夫「桔梗」──8月6日に

荒川巌夫とは橋川文三の弟・橋川敏男のペンネームである。若くして亡くなった彼が結核の療養所で詩友たちと作った「高原詩の会」によって刊行されたその詩集『百舌』から、広島の原爆で亡くなった少女の思い出をめぐる詩「桔梗」を以下に掲げる。敏男はこの詩集が刊行される三日前に28歳で永眠している。
なお、荒川巌夫とその詩集について詳しくは、本ブログの次のエントリを参照していただきたい。→荒川厳夫『百舌』詩抄 また、拙著『過去に触れる』にも同内容の紹介がある。

荒川巌夫
桔梗

病室の花籠にゆれている数本の桔梗の花 
かよわげだが一生懸命咲いているその花に 
松島音頭の歌を想い出す
その歌を「これは一寸難かしいんよ」と言い言い 口ずさむような声で歌っていた 
少女のことを想い沈む

「桔梗の花は童話のお姫様みたいだから好き」
小学校の頃から女学校の三年生になるまで 毎年のならわしのように その年はじめて見つけた桔梗の花を 私の花瓶に生けてくれながら そんなことを言っていた少女

一夏 私は山道にたった一本だけ咲いている桔梗を見つけ 少女に先んじて花瓶にさしたその晚 数学の質問にやって来た少女は それを見て驚いた 一瞬暗い悲しげな影が顔をよぎったように見えた

「来年桔梗が咲くまでの一年間に きっと私の運命に重大な狂いを生ずるわ
少女はなかばおどけたように なかば心もとなげな表情で言い 私は大声で笑った その幻想と 大ぎょうな言葉使いが可笑しく 又かわいらしかったからだが──

ああ 毎年私の花瓶にさす 一本の桔梗の花に明方の乳色の靄のような運命を占っていた少女よ 私の心ない仕業を悲しむあの表情 あの口調のひびきは 今もそのままよみがえって私の心を嚙む

翌年八月六日
少女は広島で死んだ
亡骸はついにみつからなかった
五日間 街中を 島々を さがしまわった母親は 偶然川端に あの朝小女がかむって出た白いピケ帽を見つけた その焼け残りのすゝけた布切に はっきりと我が子の名前を読みとった母親は 頰ずりしてその場に泣き崩れたという その布切が唯一の遺骨の代りとして墓に埋められたが──

柔らかに艷やかなおかっぱの黒髪 その下の色白な顔 
八重歯ののぞく口もと きちんと結ばれた真白なネクタイ 折目の綺麗なセーラー服のスカートからのびたすんなりした脚......
ああ あの黒髮が焰となり あの顔が焼け崩れ 焦げちぎれたモンペをひきずってあの脚で よろよろと此の川端をどこかへ歩いていったのであろうか 母を呼び 水を求めて 獣のように顔をゆがめ 皮膚をかきむしったのであろうか

原子雲と一しょに 空の彼方に消えてしまったかのような少女 しかしこれはお伽話ではない 此の頃の此の夏雲のたたずまいの下で これは遠い昔の悲しい物語ではない

桔梗の花が風にゆれる
──運命に重大な狂いを生ずるわ──
あの一瞬よぎった暗い悲しげな表情のみが 想い出を占め続ける
(一九五二・八・一〇)

以前、新聞に寄稿した拙文の再掲です。新聞記事としての見出しは「「目指すもの、人文知を創造する「亡命者」の場」」でした。

アーカイヴの魅惑と倫理

表象文化論学会ニューズレター『REPRE』33号に寄稿しました。書誌情報は
田中純「アーカイヴの魅惑と倫理」、『REPRE』33号、表象文化論学会、2018年6月22日、PRE・face。

なお、同じニューズレターにサイモン・クリッチリー『ボウイ──その生と死に』の紹介記事も書いています。


『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第52回です。
書誌情報は 田中純「創像された怪物の解剖学──像行為論の射程」、『UP』548号(2018年6月号)、東京大学出版会、2018年、40〜47頁。

2018年5月12日に東京大学駒場キャンパスで行なわれた「パスカル・キニャールとの対話」セッション5「歴史あるいは夜」で読み上げた原稿です。
イヴァン・ジャブロンカ『歴史は現代文学である──社会科学のためのマニフェスト』(真野倫平訳、名古屋大学出版会)について。
『表象』12号に書評を寄稿しました。「特攻隊表象を「食い破る」ものたちのために──中村秀之『特攻隊映画の系譜学──敗戦日本の哀悼劇』書評」、『表象』12号、表象文化論学会、2018年、281〜284頁。
井上陽水の曲「桜三月散歩道」には、赤塚不二夫責任編集の雑誌『まんがNo.1』第2巻3号(1973年3月1日刊行)附録のソノシートに収録されたヴァージョンがある。

YouTube:

これは作詞者である長谷邦夫の詩に忠実に即した先行するヴァージョンで、アルバム『氷の世界』に収められている、よく知られた曲の詞は、陽水によって歌詞や語りの内容が変えられている。『氷の世界』では陽水自身による語りの部分が、『まんがNo.1』ではレコーディング・エンジニアの大野進によって語られているという違いもある。
たとえば、『氷の世界』ヴァージョンの語りでは、「江戸川」や「帝釈天」といった固有名詞が削られており、それによって、現実に縛られないイメージの自由な連想が許されている。さらに、三番の歌詞にあった「町へ行けば革命だ」というフレーズが歌全体から削除されている点も注目されるだろう。これらの改変を通じて、この曲は『氷の世界』というアルバムの世界観により馴染んだものになっている。
しかし、楽曲としての一体性や完成度の高さとは別に、『まんがNo.1』ヴァージョンにはそれ特有の魅力がある。固有名詞を排除して、平易だが象徴性の高い言葉によってイメージを喚起する陽水の詞の世界に近づけられた『氷の世界』版とは異なり、『まんがNo.1』版にはその完結性を崩す複数の異質な要素のせめぎ合いが感じられるからこそ、陽水の曲としては貴重に思われるのである。
とくに魅力的なのは語りの声だ。『氷の世界』の陽水ヴァージョンよりも低く男性的でかすれたような大野進の声は、どうしても技巧的に響いてしまう陽水の語りよりも、詞に込められたノスタルジーには親和的だったように思える。それとは逆に、「町へ行けば革命だ」という言葉が陽水によって歌われることの違和感もまた拭いがたいのではあるが。

以下に、『まんがNo.1』ヴァージョンの詞全文を掲げる。
『UP』3月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第51回です。
書誌情報は 田中純「見えない瓦礫を投げる──「蜂起」の身振りをめぐって」、『UP』545号(2018年3月号)、東京大学出版会、2018年、26〜33頁。
アンケートに回答しました。取り上げた書籍は次の通りです。
・道場親信『下丸子文化集団とその時代──一九五〇年代サークル文化運動の光芒』(みすず書房)
・パスカル・キニャール(小川美登里+桑田光平訳)『さまよえる影たち』、(小川美登里訳)『いにしえの光』(いずれも水声社)
・鹿島茂『失われたパリの復元──バルザックの時代の街を歩く』(新潮社)

なお、谷川渥さんが拙著『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』を挙げてくださいました。ありがとうございます。
「ボウイ」表紙帯付き書影.jpg

拙訳が12月25日に刊行されました。書誌情報は
サイモン・クリッチリー『ボウイ──その生と死に』、田中純訳、新曜社、2017年。
イラストは原書と同じくエリック・ハンソンさん、装幀は祖父江愼さんです。

本書で言及されたり、言外に示唆されているボウイほかの曲(全105曲)のSpotifyプレイリストを作りました。

著者クリッチリーさんは次のプレイリストを公開しています。

本書に引用された歌詞部分の歌を編集した映像(英日二言語の歌詞付き)を作りました。
サイモン・クリッチリー『ボウイ』引用歌詞集 Cited lyrics in Simon Critchley's "BOWIE" with Japanese translation

歴史叙述における「キマイラの原理」

10+1 web siteに寄稿しました。書誌情報は
田中純「歴史叙述における「キマイラの原理」──カルロ・セヴェーリ『キマイラの原理』、ヘイドン・ホワイト『実用的な過去』」、10+1 web site, Web. 25 Dec. 2017. http://10plus1.jp/monthly/2018/01/issue-01.php
『UP』12月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第50回です。
書誌情報は 田中純「死者の像の宛先──スーザン・ソンタグの亡骸」、『UP』542号(2017年12月号)、東京大学出版会、2017年、43〜49頁。内容の性質上、該当図版は掲載していません。Sontag Leibovitzで検索すれば、一部の写真は見つかります。

美のトポス、その限界と外部

『思想』に寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「美のトポス、その限界と外部──W・メニングハウスの著作を手がかりに」、『思想』1123号(2017年11月号)、岩波書店、2017年、6〜27頁。
これは「いま、「美」とは?」というリレー連載の第一回目で、次回の執筆者は小林康夫さんです。
水族館劇場の雑誌fishbone特別編集号に寄稿しました。書誌情報は
田中純「黒い翁(サトゥルヌス)の子供たち──トリエンナーレを地底から撃つために」、2017年水族館劇場横浜寿町公演fishbone特別編集号、水族館劇場、2017年、13頁。
『UP』9月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第49回です。
書誌情報は 田中純「朔太郎の青──W・ベンヤミンを補助線として」、『UP』539号(2017年9月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。
書評を寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「書評:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『受苦の時間の再モンタージュ』」、『図書新聞』3312号、2017年7月22日、10頁。
『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第48回です。
書誌情報は 田中純「イメージを喰うサトゥルヌス──ヴァールブルクとゴヤ」、『UP』536号(2017年6月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。

『UP』に書評を寄稿しました。書誌情報は
田中純「「もう一度」という思考の身振りへ向けて──竹峰義和『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』書評」、『UP』535号(2017年5月号)、東京大学出版会、2017年、31〜35頁。

歴史の弾道=射線(Lines of Fire)

2017年4月21日、建築学会の機関誌『建築雑誌』の特集「建築は記念する」のために、 鈴木了二氏と小澤京子氏による公開対談「歴史のイマジナリーラインズ」が開かれた。内容としては対談者それぞれの著書『ユートピアへのシークエンス』(LIXIL出版)と『ユートピア都市の書法』(法政大学出版局、近刊)に関係している。会場でわたしは二人の話を聴きながら、「歴史のイマジナリーラインズ」と「ユートピアへのシークエンス」というフレーズに喚起されたみずからの想念をたどっていた。以下に記すのは、正確には対談の評でもなければ、書評でもない、そこで紡がれた覚束ない連想の独白めいた記録である。それは建築そのものにかかわると言うよりも、むしろ、建築という「世界モデル」を通して直感された「歴史モデル」をめぐるものとなろう。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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