Essaysの最近のブログ記事

卵母セイレーン

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『UP』3月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第19回です。

書誌情報は
田中純「卵母セイレーン──誘惑する女たちの深層」、『UP』449号(2010年3月号)、東京大学出版会、2010年、40〜47頁。
何人かの方に拙著『政治の美学』を挙げていただきました。ありがとうございました。

わたしの回答は次の通りです。

1の棚 食と殺生をめぐる人間社会の欺瞞を衝く服部文祥『狩猟サバイバル』(みすず書房、二〇〇九年)の、「猟師が自分の殺生を精算する機会があるとしたら、獲物を自分で解体するという作業においてだろう」という指摘に眼を開かされた。カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史』(せりか書房、一九九二年)で論じられる、骨を集め、死んだ動物の皮で包むことを基礎とした、ユーラシアの再生儀礼を連想する。さらに、三中信宏『分類思考の世界』(講談社現代新書、二〇〇九年)とクロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』(みすず書房、一九七六年)を合わせ読み、分類思考の要である「種」という「業」を積極的に愛する思考のかたちについて考える。

2の棚 前田英樹『独学の精神』(ちくま新書、二〇〇九年)も、「身ひとつで生きる自分が学ぶ」独学を論じて、最終的には「皆で大いに旨い米を食べよう」という食の問題にいたり着く。大学は所詮組織に過ぎない。事業仕分けをはじめとして、そのことを今年は痛感した。孤独な学問の夢を甦らせた書物として、互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール』(作品社、二〇〇九年)という大作が出た。「一」なる国語ではなく、〈一〉なる言語のもとでの「民族不在のヨーロッパ」という「一般言語学」のヴィジョンに、日本語で書くことの可能性を読む。秋にはソシュールと同じスイス出身の作家ジルベール・クラヴェルについて、バーゼルでアーカイヴの資料を調査した。ヴァールブルク、クラヴェル、そしてクラヴェルが晩年に影響を受けたバッハオーフェンにいたるまで、すべて在野の学者だった──「野戦攻城」という世代感覚を語った橋川文三もまた、自分を独学者と規定している。

3の棚 『白髪小僧』をきっかけにひとしきり夢野久作に嵌る。この文体と想像力はどこから来るのか。その根のひとつが謡曲にあることは確かだろう。渡邊守章『快楽と欲望』(新書館、二〇〇九年)と『越境する伝統』(ダイヤモンド社、二〇〇九年)という二冊の評論集から伝わってくるのも、身体を通過した日本語のリズムである。

2009年の3冊

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読売新聞書評の最終回です。
書誌情報は
田中純「読書委員が選ぶ「2009年の3冊」」、「読売新聞」2009年12月27日付朝刊。
短文なので下記に引用します。

〈1〉前田英樹著『独学の精神』(ちくま新書、700円)

〈2〉服部文祥著『狩猟サバイバル』(みすず書房、2400円)

〈3〉互盛央著『フェルディナン・ド・ソシュール』(作品社、6000円)

 哲学者・剣士による〈1〉と登山家・猟師による〈2〉に共通するのは、読後の爽(さわ)やかさだ。斬(き)るべき者を斬り、仕留めるべき物を仕留 める、その最後の決断にはためらいがない。剣士は巷(ちまた)の教育論の浅知恵を一刀両断し、猟師は食と殺生をめぐる人間社会の欺瞞(ぎまん)を撃つ。だ が、いずれも殺伐とはせず、むしろ大らかで懐が深い。〈3〉は言語学者の孤独な夢を一世紀を経て甦(よみがえ)らせた渾身(こんしん)の大作。書物は同時 代のためにだけ書かれるものではない。

『狩猟サバイバル』については、案の定と言うべき否定的反応があるようです。しかし、それこそこの本が出発している疑問の大元でしょう。わたしにはサバイバル登山を行なう度胸も器量もありませんが、著者の覚悟はしっかと受け止めました。

種の魅惑、縮減模型の魂

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『現代思想』のレヴィ=ストロース特集に寄稿しました。
書誌情報は
田中純「種の魅惑、縮減模型の魂──『野生の思考』再読」、『現代思想』第38巻1号(2010年1月号)、青土社、2010年、154〜165頁。

なお、文中で言及しているレヴィ=ストロースが作った神話の形態変化を表わす三次元模型については、該当すると思われる物体の写真が同じ号の59頁に掲載されています(今福龍太さんの論文の図2)。
この号に収められた文化人類学者の皆さんの論考からはいろいろ刺激を受け、レヴィ=ストロースの仕事を文化人類学はもとより、それとは異なるかたちでも継承する必要性を感じました。

独学に学ぶ

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昨年行なったレクチャーの記録が雑誌に掲載されました。
書誌情報は
田中純「独学に学ぶ──早稲田大学建築史研究室白井晟一学習会・レクチャーシリーズ 第2回(2008年12月13日、虚白庵にて)」、『住宅建築』No.417(2010年1月号)、建築資料研究社、49〜54頁。

さる高名な哲学者のピンチヒッターでしたが、良い経験になりました。
「白井晟一を語る」と称してはいるものの、立原道造や堀口捨己、アドルフ・ロースを経由し、白井に「にじり寄る」といったところで、詳しく「語った」とは言えないかもしれません。ただ、白井晟一をどのように語るかという、その語り口そのものは自分なりにとらえ返すことができたような気がします。
このレクチャーの機会を与えていただいた中谷礼仁さんに改めて感謝します。
書誌情報は
田中純「書評:服部文祥『狩猟サバイバル』」、「読売新聞」2009年12月13日付朝刊。


ちなみに、この本で追求されている「サバイバル」は、装備を完璧にしてエベレストに登るといった登山とは真逆にある。自分の手で殺生を行なわなければ生き延びられないからこそ、それは「苛酷」なのだ。
書誌情報は
田中純「渡邊守章『快楽と欲望──舞台の幻想について』『越境する伝統』」、「読売新聞」2009年12月6日付朝刊。

「星の子供たち」の帰還

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『UP』12月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第18回です。

書誌情報は
田中純「「星の子供たち」の帰還──占星術の政治的図像学」、『UP』446号(2009年12月号)、東京大学出版会、2009年、34〜40頁。
書誌情報は
田中純「書評:デーヴィド・レーヴィット『数式に憑かれたインドの数学者』」、「読売新聞」2009年11月22日付朝刊。

〈声〉なき幼児期への帰還

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アガンベンの翻訳書に寄せた文章です。
書誌情報は
田中純「〈声〉なき幼児期への帰還──アガンベン『言葉と死』」、『ちくま』465号、筑摩書房、2009年、10-11頁。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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ReaD 研究者情報
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