Blog (Before- & Afterimages): Essaysアーカイブ

Essaysの最近のブログ記事

『UP』12月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第50回です。
書誌情報は 田中純「死者の像の宛先──スーザン・ソンタグの亡骸」、『UP』542号(2017年12月号)、東京大学出版会、2017年、43〜49頁。内容の性質上、該当図版は掲載していません。Sontag Leibovitzで検索すれば、一部の写真は見つかります。

美のトポス、その限界と外部

『思想』に寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「美のトポス、その限界と外部──W・メニングハウスの著作を手がかりに」、『思想』1123号(2017年11月号)、岩波書店、2017年、6〜27頁。
これは「いま、「美」とは?」というリレー連載の第一回目で、次回の執筆者は小林康夫さんです。
水族館劇場の雑誌fishbone特別編集号に寄稿しました。書誌情報は
田中純「黒い翁(サトゥルヌス)の子供たち──トリエンナーレを地底から撃つために」、2017年水族館劇場横浜寿町公演fishbone特別編集号、水族館劇場、2017年、13頁。
『UP』9月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第49回です。
書誌情報は 田中純「朔太郎の青──W・ベンヤミンを補助線として」、『UP』539号(2017年9月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。
書評を寄稿しました。書誌情報は次の通りです。
田中純「書評:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『受苦の時間の再モンタージュ』」、『図書新聞』3312号、2017年7月22日、10頁。
『UP』6月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第48回です。
書誌情報は 田中純「イメージを喰うサトゥルヌス──ヴァールブルクとゴヤ」、『UP』536号(2017年6月号)、東京大学出版会、2017年、47〜53頁。

『UP』に書評を寄稿しました。書誌情報は
田中純「「もう一度」という思考の身振りへ向けて──竹峰義和『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』書評」、『UP』535号(2017年5月号)、東京大学出版会、2017年、31〜35頁。

歴史の弾道=射線(Lines of Fire)

2017年4月21日、建築学会の機関誌『建築雑誌』の特集「建築は記念する」のために、 鈴木了二氏と小澤京子氏による公開対談「歴史のイマジナリーラインズ」が開かれた。内容としては対談者それぞれの著書『ユートピアへのシークエンス』(LIXIL出版)と『ユートピア都市の書法』(法政大学出版局、近刊)に関係している。会場でわたしは二人の話を聴きながら、「歴史のイマジナリーラインズ」と「ユートピアへのシークエンス」というフレーズに喚起されたみずからの想念をたどっていた。以下に記すのは、正確には対談の評でもなければ、書評でもない、そこで紡がれた覚束ない連想の独白めいた記録である。それは建築そのものにかかわると言うよりも、むしろ、建築という「世界モデル」を通して直感された「歴史モデル」をめぐるものとなろう。
『UP』3月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第47回です。
書誌情報は 田中純「ネロ/ペルセウス──斬首された「自由」のイメージをめぐって」、『UP』533号(2017年3月号)、東京大学出版会、2017年、46〜52頁。

『みすず』読書アンケート特集

寄稿した回答は次の通り。

・Simon Critchley, On Bowie. London: Serpent's Tail, 2016. デヴィッド・ボウイの楽曲とみずからの人生との関わりを軸として、時代を追いながら、ごく短い章を連ねるかたちで思索的なエッセイが綴られている。英国の哲学者である著者とは生年月日がまったく同じせいか世代経験に似たところがあり、深い共感をもって読み進めた。
・山内志朗『感じるスコラ哲学──存在と神を味わった中世』(慶應義塾大学出版会) 霊的感覚と味覚、酩酊の哲学といったテーマがすこぶる面白い。味わいを通じて神を語る神秘主義が知らしめる、「制度としてのキリスト教」とは別物の、「情念と感覚が草むらにたむろする裏街道」。著者は「ワインは飲むことのできるスコラ哲学かもしれない」と言う。
・三橋修『〈コンチクショウ〉考──江戸の心性史』(日本エディタースクール出版部) 「畜生」という悪態語の成り立ちを江戸時代にたどり、「畜生」の性質を女性のセクシュアリティに見る社会通念を見出したのち、「子供」というカテゴリーの生成過程を衆道との関係で追跡してゆく。その果てに差別の問題まで視野に収めた名著。
・持田叙子『歌の子詩の子、折口信夫』(幻戯書房) 本書の最大の魅力は折口信夫という人物を、生活者としての息づかいや歌・詩を生み出す感性の原質に即して丁寧に描き出したところにある。著者が指摘するように、折口の〈古代〉が「いつの時代にも姿を変えて遍在」するものだとすれば、それは「ルネサンス」にほかならず、ヴァールブルク的な「古代の残存」という問題圏にも接続するだろう。
・御園生涼子『映画の声──戦後日本映画と私たち』(みすず書房) 四〇歳という若さで逝去した著者の遺稿集。大島渚論を筆頭とする映画論の数々は、尋常でない知的緊迫感と完成度を備えている。その繊細さと強度に、夫君である編者の「それ以外の書き方をすることもできなければ、執筆しないという選択肢もありえなかった」という述懐の意味を知るように思う。

以上。

『芸術新潮』2017年1月号の特集「デヴィッド・ボウイとアート」の記事に、ボウイが編集委員を務めた『モダン・ペインターズ』誌1996年夏号に、彼によるダミアン・ハーストのインタヴューが掲載されたという記述があり、まさにそのインタヴューをわたしが翻訳していたため、掲載誌から当該の部分をPDFにしました。かなり以前の訳文ですが、原文が手元になく、訳をチェックすることができないため、現時点での注釈はとくに加えません。

書誌情報は
デヴィッド・ボウイ「s(Now)──デヴィッド・ボウイがダミアン・ハーストに会い、生と死、そしてあらゆることについて思いに耽る」、田中純訳、『InterCommunication』No.19(第6巻第1号)、NTT出版、1997年、54〜58頁。

このテクストはたんにインタヴューにとどまるものではなく、ボウイ自身が書いた前書きをはじめとして、いささか抽象的ないしアイロニカルに遠回しな表現を取った難解な文章を含んでいます。歌詞のように読める部分もあります。とくにそうしたインタヴュー以外の箇所がきわめてわかりにくいかもしれないことは、あらかじめお断わりしておきます。

想い出す機会があったので、同人誌に書いたかなり昔の文章ですが、PDFで公開します。
田中純「悲劇のように──柄谷行人をめぐって」、『異存』創刊号、1989年、22〜26頁。

さすがに最後は若書きで気恥ずかしくなる文章ではあるものの、当時の認識としてそれなりにまとまってはいると思います。

「もぎ放されて海にただよう花のように」

『UP』に寄稿しました。書誌情報は
田中純「「もぎ放されて海にただよう花のように」──小林康夫『表象文化論講義 絵画の冒険』評」、『UP』531号(2017年1月号)、東京大学出版会、2017年、34〜38頁。

Futuristic Archaism or Archaic Futurism

論文集に寄稿しました。書誌情報は
Jun Tanaka: "Futuristic Archaism or Archaic Futurism: Gilbert Clavel's Vision of Time in Das Teleskop". In: MDRN (ed.): Time and Temporality in Literary Modernism (1900-1950). Leuven: Peeters, 2016, pp.285-296.
彰国社編『モダニスト再考[海外編]建築の20世紀はここから始まった』に寄稿しました(雑誌『建築文化』1999年5月号に掲載された論考の単行本化です)。書誌情報は
田中純「オットー・ヴァーグナー──装飾(フェティッシュ)と価値真空」(8〜21頁)、「ルドルフ・シュタイナー──神殿の世俗化」(22〜35頁)、「チャールズ・レニー・マッキントッシュ──マッキントッシュ神話とデザインの地政学」(50〜57頁)、「フレデリック・キースラー──棺としての無限住居(エンドレス・ハウス)」(252〜257頁)、彰国社編『モダニスト再考[海外編]建築の20世紀はここから始まった』、彰国社、2016年。

「歴史の地震計」のヘテロトピア

『UP』12月号に寄稿しました。連載「イメージの記憶」の第46回です。
書誌情報は 田中純「モンタージュ/パラタクシス(完)──「歴史の地震計」のヘテロトピア」、『UP』530号(2016年12月号)、東京大学出版会、2016年、38〜43頁。

せっかく催していただいた拙著『過去に触れる』の合評会なので、その場で語れなかったこと、終了後に感じた思いを記録しておきたい。(非常に長文です。PDF版 JTanaka20161130-2.pdf

昨日(2016年11月28日)の合評会「田中純『過去に触れる』に触れて」(http://repre.c.u-tokyo.ac.jp/news/?p=857)の最後に読み上げたメッセージです。

『シン・ゴジラ』の怪物的「しるし」

『ユリイカ』の『シン・ゴジラ』特集に寄稿しました。書誌情報は
田中純「『シン・ゴジラ』の怪物的「しるし」──未来からの映画」、『ユリイカ』2016年12月臨時増刊号「総特集Ω『シン・ゴジラ』とはなにか」、青土社、2016年、183〜191頁。
『図書新聞』に寄稿しました。書誌情報は
田中純「書評:ジョルジョ・ディディ=ユベルマン『イメージが位置をとるとき』」、『図書新聞』3277号(2016年11月5日号)、図書新聞、2016年、8頁。

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田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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