Blog (Before- & Afterimages): Gilbert Clavelアーカイブ

Gilbert Clavelの最近のブログ記事

ほぼ脱稿。図版選定を終える。

『ジルベール・クラヴェル──冥府の建築家』(仮)



目次

I. メタモルフォーゼ
第一章 死の舞踏(1902〜07年)
  骸【ルビ:むくろ】としての肉体
  「教会開基祭における死」
  「死の表現に関するノート」
  『中欧月刊誌』の創刊と挫折
  イタリアへ

第二章 放蕩者たちの島(1907〜11年)
  カプリ島滞在の開始
  フェルセン伯爵とヴィラ・リュシス
  ミトラス教の祭儀
  アフリカ、アーシア

アーシア断章──日記と手紙から

第三章 オリエントへ(1911〜14年)
  病の哲学、ポンペイ、そして、エジプトへ
  エジプト旅行
  「わが領土」への帰還
  エジプト再訪1
  エジプト再訪2

II. アヴァンギャルド
第四章 エキセントリック(1914〜17年)
  世界大戦下イタリアのアウトサイダー
  『自殺協会』

第五章 未来派(1917〜18年)
  バレエ・リュスの衝撃、デペロとの出会い
  イタリア語版『自殺協会』
  「造形的バレエ」の上演

第六章 メタフィジカ(1918〜20年)
  『造形的価値』への寄稿1──「ピカソとキュビスム」
  ロベルト・ロンギによる展評
  『造形的価値』への寄稿2──「造形的演劇」
  『造形的価値』への寄稿3──「エジプトの表現」

III. ミステリウム
第七章 塔と洞窟(1920〜23年)
  セイレーンの群島
  「欠けたピラミッド」の改修
  カプリ島景観会議
  洞窟住居の着工
  洞窟住居の拡張

第八章 友と敵(1923〜25年)
  フェルセンの死    
  家宅捜索の顚末
  大地の暴力のもとで
  「世界で最も奇妙な家」
  友人たちの来訪

第九章 睾丸と卵(1925〜27年)
  巨大洞窟の発見
  「岩石妄想」
  ダイモーンに駆られて
  肉体と建築の複視
  最後の手紙
  卵母セイレーン
  半陰陽の空間
  死シテノチ(postmortem)
  二つの鍵



ジルベール・クラヴェル年表
「幻視のスイス」展カタログ所収の書簡一覧
書誌
図版一覧
人名索引
 数日後、ホスピスは死に絶えたかのようだった。そこはどんよりと、枯れ果てた秋の庭のなかに見捨てられて、活動を停止していた。葉の落ちたプラタナスが真っ直ぐな道に立ち並び、風が枯れ枝から最後の葉を情け容赦なくむしり取っていた。青い煙のようにかすかな霧が立ち上り、色彩のない薄明へと移行していった。窓ガラスに雨が弱々しく打ち付けていたが、あたかも指先が触れたかのようで、その音はほとんど聴き取れなかった。
 その娘は再び薄明のなか、僕の前に座っていた。僕らは互いのことをほとんど知らなかった。僕は子供のように彼女に話しかけ、彼女の身近にいる自分を感じた。
 「君はロシア人なの?」
 彼女はうなずき、足をほんの少し動かした。そして微笑んだ。「女性革命家。わたしが誰かは、ほかの人のほうがよく知っていたわ。」
 「何もかも聞いていたよ」と僕は答えた。
 「それであなたはわたしをどうお思いになって?」
 「彼らのお喋りはどうだって良かったんだ。だって、僕は君のことをもう知っていたんだから。」
 「あなたが?」
 「そう。」
 「でも、わたしたち、話したことはなかったわ。」
 「確かにそうだ。あれは今晩のような夕闇のなかだった。窓ガラスから光が差し込んでいて、君の両手だけが見えた。」
 「奇妙な様子だったに違いないわ。」彼女は両目のうえを撫でた。「たぶんわたしは故郷にいたのだわ。自分の国のことを考えると、ひどくぼんやりしてしまうことが多いの。大草原[ステップ]はお好き?」
 「僕が知っているのは砂漠だけだよ。そして砂漠は広く、無限だ。そこは静かで人を寄せ付けないけれど、夢をもたらしてくれる。」
 「その通り。海もそうだわ。海も似た感情を引き起こしてくれる」とアージア(Asia)は言った。そう、それがこの娘の名だった。
 彼女の大きくて黒い眼が突然輝き、僕は驟雨を浴びたように、彼女の物腰に宿る異質さを感じ取った。
 外では雨が窓ガラスを打ち、風が隙間から吹きこんでいた。誰かが部屋を横切ったかのように、ドアが自然に開いた。
 「君は最初にどこで海を見たの?」と僕は軽く聞いた。
 アージアは青ざめた顔をうなだれた。「実際に眼にしたことはないの。ステップがザワザワと音を立てるのを聞いたとき、想像のなかでだけ。」
 彼女は両目を閉じた。暗い部屋は静かだった。僕らのほかには風と雨だけだった。
 そして再び、彼女の内面から灯りのような何かが輝いた。
 「明日わたしは出発するの。明日、なんて嬉しいことでしょう。」彼女はふところで両手を強く合わせた。頭を振り、笑った。僕ははじめて、白くて鋭い歯が輝くのを見た。
 「ロシアに戻るの?」と僕は尋ね、彼女がそんなに喜んでいるのを侮辱のように感じた。
 彼女の表情は再びまったく平静だった。「いいえ,違うわ、南へ、ナポリへ旅行するの。」
 僕は無関心な様子に見えてほしいと思った。自分が彼女をどう感じているのか、僕は彼女に悟られたくなかった。
 だから僕はほとんど関心のなさそうなそぶりで言った。「それじゃあ、僕らはそこで会うね。」
 彼女はびっくりして僕を見つめた。
 彼女の表情は、問いとも答えともつかぬ、まったく曖昧なものだった。その小鼻はぴくぴくと動いた。(了)

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 次の日の朝、ホスピスの食堂では活気のある議論が起きていた。年老いた婦人が朝食のテーブルのうえで夢中になって身ぶりを交えて話し、その熱中した口調のせいで、いつもならば打ち込まれた杭のように閉鎖的な距離を守っていたホスピスの客たちは、半ば飲みかけのカップを脇に押し退け、テーブルのうえに交差するように身を乗り出していた。元気のいい婦人は、その他の部分では動きのない顔のうえに、皺によってまさに怒りの大嵐を呼び起こしていた。感想や偏見、批判によって盛り上がった高潮が、経験豊かな眼からほとばしっていた。それらは鵜呑みにされ、即座に咀嚼された。語り手の言葉は、教会や美術館の訪問を忘れさせてしまうほどの印象を生み出した。フィレンツェは、いや、キリスト教ホスピスは、長らく待ち望まれていたような、噂話好きの巷と化していた。
「こんな無作法なこと」と老婦人は言い、その茶色い眼が眼鏡のガラスに突き当たった。「自分で経験しなければ信じられませんわ。一瞬たりともわたしは彼女から眼を離さなかったのに、ローザンヌでわたしたちがジュネーヴ行きの列車への接続を待っていたちょうどそのとき、彼女はわたしから離れ、線路を横切って走り、野蛮そうに見える男を出迎えて、わたしは気づかなかったけれど、その男は彼女にウィンクをしていたらしいんですよ。」
 「まったく恐ろしいことですわね」と痩せた英国人女性が言った。彼女は60がらみにもかかわらず、灰色の髪に赤いヘアバンドを着けていた。「ほとんど革命の陰謀か何かが関係していたみたいじゃありませんか。」
 「それは違うわ」と老婦人はやんわりと否定した。「急行列車は彼女を轢きかねなかったんですよ。彼女がわたしの視界から消えたとき、その列車は轟音を立てて駅に進入してきたのですから。」
 「でも、あなたは彼女を厳しく叱ったのですよね」と太ったドイツ人の牧師夫人が言い、手持ちの片眼鏡の下で、額に山形の皺を寄せた。
 「もちろん」と老婦人は答え、指でこつこつと叩いた。「わたしは非難の言葉を用意していたのですけれど、彼女が駅員に捕まえられて連れてこられたとき、わたしはまったく途方に暮れてしまって、とりとめもないことを喋り、一方で彼女のほうは、わたしを大きな眼でじっと見つめていました。」
 この予期せぬ打ち明け話によって、一瞬のあいだ、沈黙が支配した。その発言は検討され、吟味され、判決を下された。明らかに老婦人には使命を果たすだけの力がなかったのである。
 灰色の髭をした学校教師──その赤らんだ皺の寄った首は低い襟のなかに埋もれていた──はため息をついた。「しかし、厄介な責任をともなうものですな、若い娘というのは。」
 「革命家の女性はね」と牧師夫人が付け加えた。
 「ひょっとしてこの恐ろしい女の子は監獄かシベリアから脱走してきたのじゃないかしら。彼女の素性について何かご存じですか。」英国人女性の鼻は今や弓矢のように老婦人に向けられたので、彼女にはそのキリスト教徒としての義務感や率直さがだんだん厭わしく感じられてきた・・・。
 「それについては何も詳しく知りません。けれど、あの哀れな娘はつらいことをたくさんくぐり抜けてきたように思えます。」
 ホスピスの女性管理人が食器を片づけはじめた。彼女は老婦人からカップとスプーンを取り上げた。この女性はそれらで自分自身に対して自分自身を同時に守っていたのだが。
 あれほど熱心に始めたのに、今や老婦人はまったく放心の態なので、牧師夫人が思い切って一石を投じた。「あなたがこんな子のような疑わしい人物と一緒に旅する決心ができたなんて、信じられないことだわ。」
 この瞬間、ドアが開いた。若い娘が入ってきて、あたりを見まわし、老婦人の隣に黙って座った。
 牧師夫人の話は唐突に断ち切られた。彼女は困惑しながら、きゅっと結んだ唇に舌を押し当て、大きなブローチを手でいじり回すことで、何らかの結末を探した。彼女は咳払いをしたが、それを見出すことはなかった。彼女のモラルの結末を。
 彼女に向かい合って、二つの大きな、落ち着いた眼が輝いており、それを前にすると、牧師夫人の視線は沈み込み、自分や同席者たちを支配している気まずい沈黙を克服することが彼女にはできなかった。
 ホスピスの女性管理人が再び皿をいくつか片づけた。とうとう誰かが時計に手をやった。教授は自分の行く博物館の名を口にした。その場の人々は、黙ったまま会釈して、散り散りに別れた。(続く)

Paul Zoe: Magie

Paul Zoe (Paul Zoelly), Magie. In: Paul Zoe, Büchlein des Bruderholz Schwärmers. Basel: Selbstvlg., 1928.

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MAGIE

Positano mondversilbert,
Sitz des Grafen Gilbert.
Wogen drohen, spritzen,
mit Wünschelrute Witzen
Gott Kubismus Frauen,
besänftigt er das Grauen.
Paris Berlin Türkei,
alles strömt herbei,
denn im alten Räubernest
ist jetzt alle Tage Fest.


魔術

月光で銀色に輝くポジターノ、
ジルベール伯爵の居城。
波がうねり、脅かし、吹き付ける、
占い棒に機知
神、キュビスム、女たちによって、
彼は恐怖を宥める。
パリ、ベルリン、トルコ、
すべてがここに押し寄せる、
なぜなら古き盗賊の巣窟では
今や毎日が祝祭なのだから。
 あれから二年。僕はフィレンツェのキリスト教ホスピスで暮らしていた。この家を人がどう呼んでいようとも、そこでの滞在はわびしいものだった。清潔だが、殺風景な部屋で、数少ない客同士が交際し、彼らはこの家の性質を自分たちのわびしい表情に反映させていた。ここには色彩がなく、喜びもなく、ここに暮らしているのは、ただ安いという理由だけからだった。
 僕は別の理由もあってここにいた。健康状態のせいで、病気になった期間中も世話が受けられる住まいを探さなければならなかったのだ。職のない女性教師や女性の家庭教師が宿を求めたこのホスピスに、ある公益団体が病院を設けていたのである。だから、病気になったと感じたら、赤十字の看護婦たちが働いている、半地下の部屋が割り当てられるのだった。僕も一度彼女らの世話になったことがある。当時僕はチフスのような腸の痛みに苦しんでおり、カプリ島から帰ってきたところだった。
 しかし、僕が書き留めておきたいことは、ホスピスやその設備とはほとんど関係がない。今それを思い出しているのは、過去数週間のうちにさらに展開を見せた、ある体験の背景になっているという理由のみによる。
 フィレンツェでは冷たく湿った秋の天候が続いていた。僕は美術館を訪ね、たいてい晩になってようやくホスピスへ帰ってきた。このときそこで暮らしていた客は数人しかおらず、小さなラウンジで紅茶を飲むたび、使用人の誰も灯りをもって来ず、夕闇に包まれてしまうこともしばしばだった。そんなある夕暮れ、僕は一人の少女と向かい合っていた。その異様な外見によって、彼女は僕の注意を完全に引きつけた。
 彼女は僕の前の黒いクッションの付いた安楽椅子に、黒一色に身を包んで座り、一冊の本を読み、凝視していた。その本は白い光のように薄闇を通して輝いていた。しばらくして、彼女が半ば放心状態でその本を閉じたとき、小さな両手がその位置に移った。窓の外では街灯に火が点された。窓ガラスを通して、細い光の帯がほのかに輝き、少女の顔を緑がかった白色に照らした。ぎらぎらした光が彼女を不快にさせ、薄暗がりのなかに頭部を沈めたので、光は彼女の両手だけに貼りついたようにとどまった。
 この姿勢で彼女は動きを止めた。黒い繊細な巻き毛は果てなく拡がる闇に溶け込んでいた。僕は彼女の両手だけを見ていた。それは切り取られた生命の断片のように、僕の秘かな凝視に捧げられていた。部屋には死の静寂が満ちた。外では市電が金属音を立て、御者が叫び声を上げて馬をせき立てていた。木靴がカタカタと鳴り、重い扉がバタンと閉まった。
 僕の前の小さな白い両手は神経質に震え、時折、それが置かれている闇の平面を丸めるように動いた。その繊細な指は痙攣し、伸ばされ、僕は指の爪のかすかなかき傷に気づいた。そして再びこの手は静かにふところに横たわり、そのうえに落ちる弱々しい光に照らされた。それは死者の手のように見えた。
 そんなふうに彼女は暗闇と僕とにまったく委ねられていた。けれど、僕には彼女の内面で何が進行しているのかがわからなかった。僕らは互いに相手を認識していたわけではなかった。ひょっとしたら、彼女はそこに誰かがいることに、一度も気づかなかったのかもしれない。彼女は夢を見ていたのだろうか。
 僕は部屋を立ち去った。彼女は身じろぎもしなかった。
「たいていの者には無気味に思われる塔内部での夕暮れ時と夜の静寂は、日増しに僕に、恐ろしい霊界とより高次の存在の輝かしい姿を確信させてくれる。この静寂が歳を取る
に連れて増しているとすれば、──そして僕には正しい暮らし方をしていればそれが可能に思えるのだが、外的な活動範囲の減少や制限はほとんど、ないし、まったく差し障りをもたない。それは旅と同じだ。全世界をめぐって旅する者がいる一方では、自分の住む地方を旅し、それによって多かれ少なかれ、何かが内面から生じて与えられるのに応じて、その何かを認識する者もいる。君自身も言っているよね。最大の発明はほんのわずかな道具から生み出されてきたのだし、いまだにそうやって生み出されており、すべては内面的な洞察次第であると。・・・あらゆる分野における絶え間ない転換やヨーロッパにおける政治的不安定は、僕らの事業で最近起きたのと同様の現象を呼び起こしている。遠くから観察していると、すべては流動状態にある。別の素材、別の名前と概念といったように。濁った水がいつどこで沈殿して澄むのかを誰も知らない。ひょっとしたら、人類は突如として再びいつか一瞬のうちに──古き大地に投げ返され、そこで再び文字をたどたどしく読み始めるのかもしれない。僕の洞窟のなかで自然はまた予期せぬときに鈍く轟き始めた。眼に見えないサムソンが支柱を壊し、聖書が述べているような意味で、僕は山と神殿が自分のうえに倒壊してくるのを見た。──今のところは冥界の門をしばらく閉ざしておこう。そのためには新しい力と手段が必要で、僕はまずそれらを蓄えなければならない。」
(アナカプリ、1925年12月31日)
«Die Abend- und Nachtstille im Turm, die den meisten ungeheuerlich erscheint, gibt mir immer mehr die Gewissheit ungeheurer Geistesweiten und Lichtgestalten höheren Daseins. Werden sich diese bei zunehmendem Alter steigern - und ich halte es bei richtiger Lebensart für möglich, so hat die Verminderung und Einschränkung des äusseren Aktivitätsradius wenig oder nichts zu sagen. Es verhält sich da wie mit dem Reisen. Einer fährt um die ganze Welt, ein anderer um seine Provinz und erkennt dadurch wenig oder viel, je nachdem es ihm von innen her gegeben ist. ... Die andauernde Umstellung auf allen Gebieten und die politische Unsicherheit in Europa ruft solche Erscheinungen wie die jüngsten in unserer Industrie hervor. Von Ferne betrachtet ist alles im Fliessen: ein anderer Stoff, andere Namen und Begriffe. Wie und wo sich das trübe Wasser setzen wird, weiss keiner. Vielleicht wird der Mensch plötzlich wieder einmal durch einen Ruck - auf die alte Scholle zurückgeschleudert, wo er dann wieder zu buchstabieren beginnt. In meiner Grotte begann die Natur auch unerwartet zu grollen, ein unsichtbarer Simson riss die Stützen nieder und in biblischem Sinne sah ich den Berg und Tempel über mir zusammenbrechen. -Jetzt schliesse ich die Tore der Unterwelt für einige Zeit. Es braucht dazu neue Kräfte und Mittel, die ich erst wieder sammeln muss ...»
(Anacapri, 31. Dezember 1925)
GILBERT CLAVEL 1883-1927. Sein Lebensgang in Briefen.
Harald Szeemann (Hg.): Visionäre Schweiz. Aarau: Sauerländer, 1991, S.282.
 
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The collapsed grotto of Torre di Fornillo. 2010.
Photo by TANAKA Jun

フランチスカ・シュテックリン「海」



おお、海よ、誰がお前を愛せるだろう、
恐れることなしに、
お前という恐怖の窮みと
熾天使のごとき耀きの魔界を!
なぜならお前の浪の躍動と
至福の動きは、
優しく戯れるように見えるときもなお、
魔力を秘めているのだから。

浪ざわめくセイレーンの島々、
ジルベール・クラヴェルの塔、
サラセン人に対するかつての防禦、
今やポジターノの真摯な見張り、
王者の威厳ある巌の住まい、
そして、千の階段のある町。
隠れた谷合ではいまだ、
このうえなく明るい緑と熟した無花果が驚きを与えるところ。

あなたたちは永遠の抱擁のなかで
海を感じている。
あなたたちは知っている、その千の愛と、
真っ青な絹の感触、
その強い憎しみを。
あなたたちは太陽が
夕暮れ時、満ち潮のなかに沈むのを見て、
こう悟るのだ、すべてはすでに
数千年前からこうであったと。

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Positano, 2010
Photo by TANAKA Jun


あなたは遠く、
わたしたちのまなざしを分つ隔たりを、
一日のうちに
橋渡しすることはできない。
わたしのあこがればかりが強くて、
わたしを向こう見ずにも
あなたのそばへと導いてゆく。
わたしはあなたを眼にする、
あなたの塔の孤独のなか、
十字なす丸天井の夕暮れの部屋に。
暗き祭儀を受ける小さな神のように、
あなたは玉座に座っている、
どっしりとした椅子の上に。
あなたの前には白い書物が開かれ、
そこにあなたは数と記号を刻み込む。
──夜が海から昇る、
恐怖と偉容とともに。
尖った三日月が、
浮かび上がる。
浪は重く
力強く、礎の崩れた巌に打ち寄せ、
その上にあなたの塔が、
持続の偶像のように聳える。
浪がどよめき、繰り返し打ち寄せる、
永遠に回帰しながら、巌へと。
あなたにとってそれはまるで、
巨大な心臓の鼓動のようだ。
そして時折あなたはぞっと怯える、
それがあまりに荒々しく、
猛り狂ったように脅かすときには。
──するとあなたは今度はそれを、
あなた自身の心臓の動悸のように感じるのだ。
海は重く
力強く、血のなかでどよめき、
あなたの子供のようなからだのか弱い力を、
途方もないものにまで高める。
あなたは神殿を建てたいと願う、
ピラミッドのように永続し、
あらたな神話を告げる神殿を。

R0012687.jpg  Gilbert Clavel

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Torre di Fornillo(クラヴェルが修復した塔)
Photo by TANAKA Jun, 2010.
Francisca [Franziska] Stoecklin
stoecklin.jpg

Gilbert Clavel (Basic Info)

Wikipedia
Gilbert Clavel (* 29. Mai 1883 in Kleinhüningen; † 6. September 1927 in Basel) war in der frühen futuristischen Bewegung aktiv. Er widmete sich der bildenden und darstellenden Kunst sowie der Schriftstellerei. Ab 1919 liess er im süditalienischen Positano einen mehrere Jahrhunderte alten verfallenen Wachturm und den anschliessenden Felsen zu einem Gesamtkunstwerk umbauen, das Siegfried Kracauer 1925 in dem Text Felsenwahn in Positano beschrieb.

Gilbert Clavel (born May 29 1883 in Kleinhüningen; † September 6, 1927 in Basel) was active in the early futurist movement. He was devoted to the visual and performing arts, and writing. From 1919 in the southern Itaian city, Positano, he let convert a several centuries old, dilapidated guard tower and the adjoining rock to a total work of art that Siegfried Kracauer described in the text Cliff Folly in Positano in 1925.

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Gilbert Clavel

Website

Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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