都市と路上


雪の白から南京の路上観察へ

所用に追われ続けているために、昨日の表象文化論コロキウムについて事前の案内ができませんでした。
近代日本文学が専門の鈴木貴宇さんの発表「白の不安——中井正一と建築についての小論」で、社会学が専門の平井太郎さんにコメントをいただきました。
1920年代の建築や都市はわたしのホーム・グラウンドなので、いろいろ連想する話題も多く、アプローチの方法についても考えさせられました。
雪をめぐる中井の文章から発散される、冷たく澄み切った怒りや悲しみが印象的です。

Mike DavisPlanet of Slumsという書物を出したことを知る。
読んでいないのだから、何とも言えないのだが、書評を見るかぎりでは、2003年のDead Citiesと同じく、終末感を色濃く漂わせた内容らしい。
グローバル資本主義批判も結構なのだが、終末論や極限状況によって現状を劇化する左翼系レトリックは、度が過ぎると危うい。
他人事ではないのだけれど。

ついでながら、Amazonのこの本の読者書評を読んでいて、Real Name™なるものを見つける。
これは、クレジット・カードの名前をもとに、書評者の名前を表示するシステムらしい。
ペンネームで書評する選択肢も与えられている。

実名で書いたことは逃げ場を残さない。
逆もまた真かもしれない。

南京でおこなった東京写真をめぐる講義を聴いてくれた学生・楊伊寧さんの撮影した写真「伊寧の「路上観察」」 がとても面白い。
四方田犬彦氏は、路上観察は1980年代特有の東京論だった、と指摘していたし、それは一面では正しいのだけれど、いわば「街の不思議」に敏感に反応する感覚そのものが、社会・文化状況の函数となって、さまざまな都市に時期を違えて発生する可能性もあるように思う。

Posted: 土 - 5 月 27, 2006 at 06:45 午後          


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